序章その3 チュートリアル、おわり
覚悟を決めてからの日々は早いもので、もう高校受験も終わってしまい、今はもうすぐ発表される結果を待っている。寝たら天国オチかとも思ったが、すんなりと次の日にいってしまい、今に至る。
大学時代に在宅でできるからという理由でしていた採点バイトの経験が生きたのか、そもそも大学受験だけはそこそこ頑張ったからその経験が生きたのか、それともその両方か。高校範囲の知識も用いれば(これが許されるのかはわからないが)、苦手だった数学もなんてことはなく、ちゃんと勉強を重ねて模試でもA判定をとることができた。それでも県内トップ(ほぼ全国トップ)の某高校には遠く及ばなかったが。
本当なら公立高校に行きたかったが不登校だったため内申点があまりにも足りず、私立高校専願にせざるを得なかったため、この高校に落ちるとなかなかにピンチになってしまう。スライドで下のコースに回してくれる制度があるため何とかなるとは信じたいが、ちゃんと勉強しただけに不安も付きまとう。
一周目の時代では基本合格発表はネットになっていたが、今はその過渡期らしく、結果は学校に書類で送られてくるスタイルだった。不登校には厳しいが、担任の先生が忙しい中わざわざ家まで持ってきてくれることになった。ほんまごめん。
部屋でアニメを見ながら(なけなしのお金をはたいてサブスクを契約した。クレカがないって不便だね)待っていると、顔も知らない担任の先生が合格(or不合格)証書の入った封筒を持ってきてくれた。
母は担任と二言三言話してから、俺の部屋にそれを持ってきてくれた。
「ほら、
「高梨先生っていうんや。初めて知った」
「担任の名前くらい知っとけあほ。じゃあ、心の整理と覚悟はやくつけてや」
そういうと母は扉を閉めて出ていった。なんか落ちた前提みたいな言い方だったな。やっぱり息子に対する扱いじゃない気がしてきた。
母から受け取った書類を目にすると、予想以上の緊張が込み上げてきた。ネットならボタン一つで済むから良くも悪くも緊張は少ないのだが、紙となるとそうはいかない。物質的に語りかけてくるものは、案外大きいのだ。
しかし、開かずに怖気づいていても何も始まらない。落ちたら落ちたでその時だ。適当に後期を募集している高校を探そう。そう自分を鼓舞し、いざB5判の封筒を開く。
持ち前の不器用さを遺憾なく発揮し、びりびりに破けた封筒には、一枚の紙だけが入っていた。まだチキって手の感触でしかないが。
嫌な時間は短い方がいい、古事記かなんかにもそう書かれているはずなので、封筒から勢いよく紙を取り出して中身を確認する。
――白紙だった。
一瞬紙だけでなく頭まで真っ白になったが、冷静にそんなわけがない。どうもこれは裏面らしい。俺の手と勘がそう叫んでいるから間違いない。白紙が出てくると焦るから本当にこういうのはやめてほしい。カードゲームのパック開けるときじゃないんだから。しかもあれは五枚くらいあるし。
典型的なボケを意識せずに挟んでしまう関西人の
『合格』
確かに、俺の目には合格の二文字が見えた。
しかしながらあまりの緊張、あるいは勉強による過度の疲労で俺の目がおかしくなった可能性も残っている。ここは第三者の目が必要だ。
「ヘイマミー、ここにはなんて書いてある?」
部屋の扉を開けながらそう叫ぶと、案外ちゃんと不安そうな母が走ってきた。
「どうやったん、やっぱりあかんk……って、合格って書いてるやん!」
「あかん前提で話進めようとするのやめてくれる? で、これやっぱり合格って書いてる?」
「書いてる書いてる。あんたの目が狂うことはあっても私の目は狂わへん」
「息子に言うことじゃないよ多分。でも、やっぱり合格か…!」
「よかったな。しかもこれ一番上の類じゃない?」
「あれ、ほんまや。案外普通に受かるんやな」
と平静を装っているが、心の中では結構うれしい。前世で大学受験も経験しているだけに、高校受験ではそこまで喜びもないかと思っていたが、やはり相応に頑張ったことには相応の喜びが湧いてくるというもの。
「ちゃんと嬉しそうでよかった。私としては受かったことより、あんたが喜んでることの方が嬉しいわ」
「? なんでそうなんの?」
「やってアンタ、不登校やし。学校に行けるってなって喜んでる姿を見れるとは思ってなかったからさ」
「……」
ちゃんと嬉しそうな母の顔に、少しばかり涙腺が刺激されてしまった。いけないいけない。俺はこっちでは思春期なのだから、ツンデレをしておかないと。
「まあ、まだ学校ちゃんと通うとは言ってないけどな」
「よう言うわ。行くつもりなかったらあんなにちゃんと勉強せんやろあんた。顔に楽しみですって書いてあるで」
「どうだか」
母はやはり母らしい。ちゃんと俺の感情を読み取ってくれる。こういうところは嫌いじゃない。もう少しちゃんと息子らしい扱いをしてくれたら完璧だね。
「じゃあ、今日くらいはいい感じのご飯でも用意しよかな。ほら、外でも走っておなか減らしてこい。いっぱい入らへんで。大食い妖怪オトンに吸収されていいんか?」
「それはちょっと困るかな」
「ならさっさと行く! ほら!」
少し涙を湛えた母に背中をたたかれるがままに、俺は自室に戻る。もうオカンは泣かせられない。ちょっとばかり、頑張ってみようかな。
ここからが、俺の
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