第一章
1話 主席と奇声
4月某日、舗装されきった川べりの桜を眺めながら、学校へ向かう。
かつ、こつと、ローファーが地面をたたく音が心地よく感じられる。
通学の電車で中学校の同級生と出くわさなかったか?と心配してくれるそこのあなた! ノープロブレム。高校が家から近かったのをいいことに、自転車通学を選ぶというファインプレーによりこれを回避したのだ!
それで今は、学校が山の上にありすぎて直接自転車ではいけないので、学校最寄り駅近くの駐輪場に自転車を置いて歩いているというわけ。なんでわれらが
かつ、こつ、かつ、こつ。ほかにも学校へ向かうローファーの音が聞こえてくる。
かつ、こつ、かつこつ、こつ。あれ、なんか変な音が混じった。
かt、かつこつ、こt、かつこつかつこつ。やっぱり変な音が後ろから聞こえる。
異音が近づいてくるにつれ、その存在感は増していく。今や耳に入ってくる音は九割がこの異音だ。せっかく気持ちよく登校してるんだからやめてくれないかな。
かつこつかつこつ、どごっ。突如、俺の視界が90°回転した。
「ぽげええええええええええ!!!!」
「あ、ごめん! 大丈夫?」
少し痛む頭を押さえながら顔を上がると、栗毛色ボブ美少女が心配そうに俺の顔をのぞき込んでいた。決して俺のあげた奇声は気にしない。
「いって…。だ、大丈夫。ちょっとこけただけやから」
「でも、結構な勢いで倒れてたよ? ほんまに大丈夫?」
「大丈夫。無傷やから」
「な、ならよかったけど…。あ、私急がなあかんからごめんな! また会ったら謝るから!」
ぴゅーん。いってしまった。アニメなら砂ぼこりのエフェクトが付きそうな勢いで。
まあ、かっこいい男ムーブはできたからいいだろう。あんなラノベにしか出てこなさそうなかわいい女の子はなかなかいないからね。そこの君、奇声をあげたうえにキョドってたとか言わない。俺の一周目を忘れたか?
にしても、周囲の目が少し気になる。入学式の日に盛大にこける陰キャは人の目を引くのも当然か。奇声は記憶から抹消した。
そそくさと立ち上がり、目の前の交差点を左に曲がる。学校はまっすぐだから変に見えるかもしれないが、今このまま歩くよりも百倍はマシだ。俺を目撃したであろう人が全員通り過ぎてから素知らぬ顔で通学路に戻ろう。その時出くわす人は迷子になったやつ程度にしか思わんだろう。
☆
あの後、五分ほど人目につかない場所で時間を潰し、無事通学路に合流。なんとか入学式会場の体育館に到着した。少し奇異の目を向けられはしたが、あのままよりはよほどマシだった。
体育館では、クラスごとに席が設けられているようだったので、自分のクラスのスペースを探す。ちなみにこの学校は学力ごとにクラスが分けられる実力至上主義高校で、クラスの番号が大きいほど上ということになっている。俺は8クラスあるなかで8組である。ほら、尊敬してくれてもいいんだよ。
なんとか8組のスペースを探し出し、適当なところに着席する。俺でも通路側から遠いところに座るくらいの配慮はした。
すると横に、一人の男子生徒が座り、声をかけてきた。
「8組のやつ? 出身中学は?」
見ると、なかなかのイケメン男子だった。神様、俺にさっそく試練を与えてきた。このままだと俺、一周目の二の舞で退学コースだけど?
「ああ、うん。8組。出身は浅川中学校」
「浅川って結構近ない? 同じ須磨区やろ?」
「まあそうやな。やから今日チャリで来たし」
「え、チャリ通? マジで⁉ いいな~チャリ通。俺憧れてんねんなチャリ通」
「えーと、君は結構遠くから来てんの?」
「ああ、ごめんごめん。俺名前も言わずに話しかけてたな。俺、
「俺? 俺は
「おっけー、温人な。よろしく!」
「よろしく。えーっと、岡村くん」
「大輔でええって」
まずい。俺、今のところラノベの陰キャ主人公特有の前半ムーブをかましてしまっている。あまり入学式から描かれるラノベは見たことないけど、ヒロインとの出会いは大体こんな感じな気がする。なんで男との出会いでこれやってんだよ。
「で、何の話してたっけ。あ、思い出した。出身の話か。俺は塚山中学校出身。やから垂水の方出身やな」
「垂水か~。行ったことないからあんまり想像つかんな」
「まあ住んでるところ以外は三宮くらいしか知らんわな。でさ、温人は同じ中学校出身のやつとかうちに来てんの?」
試練その2。なんて答えればいいんだこれ。不登校だからそれすらわからないとかいったら初日から陽キャに腫れ物扱いされるの確定やぞ。うーんどうs
「どうしたん温人? 同じ中学校のやつおらんの?」
「はい! 不登校だったのでそれすらわかりません!」
あ。やってモーター。考え込んでたせいでびっくりして、つい正直に白状してしまった。しかもカタコトで。
「そっか。すごいな、それでこの高校くるって。家で相当頑張ったんじゃないん?」
あれ。腫れ物扱いの言葉が飛んでこないぞ。こういう時は大体反応に困って、ちょっと口ごもった後にはぐらかされて、別のやつに話しかけに行くのが鉄板なのに。
「え、ま、まあな。でも、不登校ライフそれ以外やることなかったしすごかないわ」
「おお、謙虚なやっちゃな。まあ、今までに何があったんかは知らんけど、せっかくこんな高校受かって一番上の8組入れたんやし、楽しもうや。入学式来てるってことは、その気はあるんやろ?」
「ま、まあ…」
「ならよかった。仲良くしようや。よろしくな、温人」
「おう、よ、よろしく…」
おかしい。こんないいやつ、1周目に読んだラノベ、漫画、実用書、ハウツー本、哲学書、そのどれでも出てこなかった。なんなら、ハウツー本とかには現実の厳しさばかりが説かれていた。こんなやつが実在していいのか?
「まだ来られていない方もいらっしゃるようですが、定刻になりましたので入学式を始めさせていただこうと思います。皆様、お静かにお願いいたします」
俺がオタクならではのモノローグを繰り広げていると(その間実に1秒!)、都合よく入学式が始まった。ちょうど会話が切れたところだったので助かる。
「お、入学式始まったな。じゃ、またあとで話そな」
「おう」
「ありがとうございます。それでは、ただいまより、2019年度
形式的な開会の言葉ののち、学園長、理事長、校長などのお偉方から祝辞をいただき、粛々と典型的入学式が進行していく。
生徒会長と思しき在校生代表のあいさつを終え、次は新入生代表のあいさつらしい。新入生代表あいさつがどんなやつに打診されるのかはこの世界の謎第74位くらいにはランクインするが、この高校のことだし主席のやつだろう。
かつ、こつ、かつ。代表が壇上に登る音がする。
さて、俺たちの代の主席は誰かな? 俺は期待をこめて顔をあげた。
「………???」
――頭が真っ白になった。
壇上に立っていたのは、あの栗毛色美少女だったのだ。
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