第11話 「新しい風」
馬車の事故を見たあの日── ケイは、もうひとつ、はっきりとした予知夢を見ていた。
──流れの速い川に、子どもが流されていく。誰も助けに行けず、立ち尽くしている。
──若い貴族が、顔を真っ赤にして苦しみながら、床に伏している。
──医者が首を振る。「この薬草がなければ……」 ──周りの人たちの、途方に暮れた顔。
(あれは……カイリヤだった。)
ケイは、ずっとそれを気にしていた。 少しでもできることをしておこうと、さりげなく草を探し、備えを重ねた。
未来は変わらない。 だが、備え次第で、結果は少しだけ優しくできる──
ケイはふっと小さく笑う。
「備えあれば……だ。」
誰にともなくつぶやいたその声は、どこか嬉しそうだった。
* * *
昼下がりの村は、のどかだった。
ケイはサクと一緒に、畑の端を歩いていた。 サクは相変わらず元気に走り回り、ときどき転びながらも、ニコニコしている。
「ケイー! これ見ろよ! でっかいカエル!!」
「逃がしてやれよ。」
「えぇー……せっかく捕まえたのに。」
そんなたわいないやりとりに、周囲の大人たちも目を細める。
火事の傷跡はまだところどころに残っている。 だが、人々は力を合わせ、ゆっくりと村を蘇らせていた。
(まだ、平和だ……)
ケイはそっと胸の中で思う。
だが──
その中に、どこか場違いな存在が混じっていた。
ひとりの旅人風の女性。 年齢はよく分からない。髪は暗い茶色に染められ、粗末なマントを羽織っている。 腰に小さな袋を下げ、歩きながら何かを探しているようだった。
村人たちは特に気に留めない。 旅人は珍しくないし、この村は誰にでも比較的優しかった。
ケイも、一度すれ違っただけだった。
そのとき──
「……!」
ほんの一瞬。 その女の瞳に、見覚えのない、けれど妙に懐かしい光を見た気がした。
(……?)
ケイは眉をひそめる。
だが、女は何も言わず、すぐにすれ違っていった。
* * *
夕暮れ。
村の広場では、今日も子どもたちが遊んでいた。
ケイはその端で、木の棒をナイフで削りながら座っている。 サクがどたどたと駆け寄ってきた。
「ケイ! さっきの女の人、知り合いか?」
「いや、知らない。」
「でも、なんか変だったよな……。オレにパンくれたんだぜ。」
サクはにかっと笑いながら、小さなパンを取り出した。 粗末だけど、焼き立てでいい匂いがする。
「食うか?」
「……いや、おまえが食え。」
ケイは笑って断った。
(警戒するほどじゃない……けど、妙だ。)
どこかでまた会う予感が、胸の奥にあった。
女の名は──今はまだ、誰も知らない。
* * *
日は沈み、夜の静けさが村を包み込む。
川の流れだけが、変わらずにざわめいていた。
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