第10話 「仕掛けと、少女の奇跡」

陽の光が、きらきらと川面を照らしていた。


村の外れにある川辺で、ケイは鍛冶屋からもらったガラクタをせっせと並べていた。

古びた鎖、小さな鉄杭、曲がった釘、小さな網──


サクが首をかしげながら覗き込む。


「なあケイ、それ、何に使うんだ? 魚とりの罠?」


ケイは手を止めず、さらりと答えた。


「まあ、そんなもんさ。」


川の流れは、最近少しおかしい。

雨のせいで水かさが増え、流れが速くなっている。


ケイは、その川に小さな罠のようなもの──

流れを弱めるための仕掛けを、さりげなく作り始めていた。


誰も、それが何のためなのか、深くは聞かなかった。


* * *


その日の昼過ぎ。


貴族の一団が、村を訪れていた。


「ねえサク! 川まで行こうよ!」


にぎやかに笑ったのは、カイリヤという名の少女だった。

13歳、金髪にリボンを結び、少し勝ち気な性格。


サクも一緒に、川辺で遊ぶことになった。


「でも、川の流れ、けっこう速いんだよ?」


サクが注意するも、カイリヤは笑って手を振った。


「平気平気! 私、泳ぐの得意だもん!」


しかし──


足を滑らせたのは、次の瞬間だった。


「あっ!」


カイリヤの体が川へと投げ出された。


「カイリヤ!!」


サクが叫び、騎士たちが駆け寄ろうとする。

けれど川の流れは速く、このままでは──!


そのとき。


「ガチャッ!」


カイリヤの体が、川中に沈められたガラクタの網と杭に引っかかり、

流れが弱まっている場所にたどり着いた。


“魚とりの罠”と思われていたものが奇跡的に彼女を支えていたのだ。


「しっかりつかまれ!」


騎士たちがロープを投げ、無事にカイリヤは川から引き上げられた。


全身ずぶ濡れのカイリヤは、震えながらも、必死に笑おうとした。


「……びっくりした……でも、助かった……!」


* * *


だが、夜になって。


カイリヤは急に高熱を出した。


「息が荒い……!」


従者たちが動揺し、すぐに村の医者が呼ばれる。


診察した医者は、深刻な顔をして言った。


「この症状……川に流れた毒素を吸い込んだ可能性がある。普通の薬では……難しい。」


空気が凍りつく。


「治せる薬は、あるにはあるが……このあたりでは、崖の上にしか自生しない極稀な薬草だ。」


絶望的な声が、あちこちで漏れた。


カイリヤは苦しそうにうわごとをつぶやき、

従者たちは泣きそうな顔で見守るしかない。


そのとき。


「……サク。」


静かに、ケイが口を開いた。


「あの花。持ってるだろ?」


サクはハッとして、腰にくくりつけた袋をほどいた。


小さな束──崖の上にしか自生しない、薄紫の花、特別な薬草が確かに入っていた。


「これを使って。」


ケイは迷いなく、医者に手渡す。


医者が驚き、目を見張った。


「……これだ!これがあれば!」


すぐに薬湯が作られ、カイリヤはそれを口に含んだ。


数刻後。


みるみる顔色が落ち着き、荒かった呼吸も穏やかになっていった。


「助かった……」


従者たちが膝から崩れ落ちるように泣き出し、

騎士たちも、呆然とケイを見た。


「まさか……崖に登って、これを……?」


「いや……料理に使うハーブだ、ってさりげなく拾ってた。」


サクがぽつりとつぶやいた。


アックは、腕を組んだまま、じっとケイを見据える。


(偶然にしては、できすぎている……)


だが、ケイは何も語らなかった。


ただ静かに、星空を見上げていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る