第12話 「静かな仕掛け」

カイリヤは、だいぶ元気を取り戻していた。


まだ本調子とはいかないが、広場に顔を出しては、子どもたちの遊びを見守っている。 サクも嬉しそうにカイリヤに話しかけ、ケイも遠くから見守っていた。


(……よかった。)


ほんの少しだけ、ケイは安堵する。


カイリヤの家──シュウナ家は、この地方では珍しく、領民に愛される数少ない貴族だった。 領主夫妻もまた、控えめで優しい人柄だった。


ケイはまだ直接会ったことはないが、村人たちの話から、何度もその評判を聞いている。


(守る価値は、ある。)


胸の奥で、そう思った。


* * *


その日の夕方。 ケイは、また「妙なこと」をしていた。


今度は、村はずれの林で、小さな木の枝を拾い集め、何本も地面に刺していた。


まるで、意味のない作業のように見える。


サクが不思議そうに首をかしげる。


「なあケイ、それ何やってんだ?」


「秘密。」


ケイは笑って答えるだけだった。


けれどその手つきは、妙に丁寧で、無駄がなかった。


小枝は、特定の向きにそろえられ、目立たぬよう、土に押し込まれていく。


(……ここが役に立つ日が来る。)


ケイは、心の中だけでつぶやいた。


* * *


その頃──


村の宿屋の一角では、ひとりの旅人風の女が、パンをちぎりながら話していた。


ネア。


名を偽り、素性を隠し、静かにシュウナ家に関する噂を集めていた。


「最近、シュウナ領、少し物資が滞ってるらしいぜ。」 「交易路が塞がったんだろ。あの辺、カーヴァル家の馬車隊が通ってたからな……」


ふと、別の男が口を挟んだ。


「カーヴァル家って……最近、シュウナ家に対して妙に強気だよな。」


「まあ、力が弱ってきたからな……。」


ネアは、静かに耳を傾ける。


目立たぬように。 だが、鋭く。


(やっぱり……)


シュウナ家の周囲には、すでに不穏な影が忍び寄っていた。


ネアは小さくため息をつき、立ち上がった。


これ以上深入りすれば、こちらの身も危ない。 だが──


(そろそろ頃合いか。)


* * *


夜。


ケイは、村の外れで空を見上げていた。


高く、澄んだ星空。


(まだ──静かだ。)


だが、静けさは、いつか破られる。


それを、ケイは知っている。


だからこそ。


今日もまた、小さな「備え」をひとつ、増やしていくのだった。


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