第13話 夏祭り前夜、心がざわめく

七月下旬、夏祭りを翌日に控えた夜。


リビングは、にぎやかな音楽と、

小気味いいステップ音に包まれていた。

 


──きっかけは、ひと月前。



近所の夏祭り実行委員が、

「一般参加ステージパフォーマンス出演者募集!」

というチラシを配った。


それを見つけたのは、母・美咲だった。


「ねぇ紗良、出てみない?

奏人も部活で頑張ってるし、

紗良も、何か本気で打ち込むのって、素敵だと思うよ?」


そう、やわらかく背中を押してきた。

 

当初は、紗良も少し迷っていた。


「私なんかが出ていいのかな」

「恥ずかしいな」──なんて。


でも、俺が陸上に夢中になってる姿を見て。


紗良の中にも、何か火がついたらしい。


「やる!」


勢いよく手を挙げて、立候補。


それからの一ヶ月、

紗良は本気で、ダンスと歌の練習に取り組んだ。

 




 


今夜も、リビングは即席ダンススタジオと化していた。


母・美咲がスマホで音楽を流し、

隣で紗良がキレキレのステップを踏む。


(……すげぇな)


ソファに座って見ている俺は、素直に感心していた。


母・美咲。


かつて、国民的アイドルグループのセンターだった。


引退して、もう十年以上経ってるはずなのに──


細く引き締まったスタイル。


ブレない軸。


柔らかく、力強い動き。


現役バリバリって言われても、誰も疑わないレベルだった。


(……俺が家族だから冷静に見れてるのかもしれないけど)


他人だったら、たぶん直視できないくらい美しかった。


そして、その隣で踊る紗良も──


負けてなかった。


動きはまだ荒削りだけど、

リズム感と表現力は、天性のものがあった。


何より、楽しそうだった。

 

練習がひと段落して、ペットボトルの水を飲みながら、

紗良は満足そうに笑った。


「やっぱさー、脳みそおっさんでも、

肉体一級品だと、やってて楽しいね!」


「……いや、女子中学生がそれ言うなよ」


思わずツッコむ俺に、

紗良は悪びれずにウインクしてみせた。


「明日、楽しみだなー!」


その声には、緊張も不安もなかった。


純粋な、心の底からのワクワク。


(──いいな)


素直に、そう思った。


俺も、明日は全力で、紗良を応援しよう。


 

夏の夜。

まだ見ぬステージの向こうに、

新しい物語が待っている。

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