第13話 夏祭り前夜、心がざわめく
七月下旬、夏祭りを翌日に控えた夜。
リビングは、にぎやかな音楽と、
小気味いいステップ音に包まれていた。
──きっかけは、ひと月前。
近所の夏祭り実行委員が、
「一般参加ステージパフォーマンス出演者募集!」
というチラシを配った。
それを見つけたのは、母・美咲だった。
「ねぇ紗良、出てみない?
奏人も部活で頑張ってるし、
紗良も、何か本気で打ち込むのって、素敵だと思うよ?」
そう、やわらかく背中を押してきた。
当初は、紗良も少し迷っていた。
「私なんかが出ていいのかな」
「恥ずかしいな」──なんて。
でも、俺が陸上に夢中になってる姿を見て。
紗良の中にも、何か火がついたらしい。
「やる!」
勢いよく手を挙げて、立候補。
それからの一ヶ月、
紗良は本気で、ダンスと歌の練習に取り組んだ。
◇
今夜も、リビングは即席ダンススタジオと化していた。
母・美咲がスマホで音楽を流し、
隣で紗良がキレキレのステップを踏む。
(……すげぇな)
ソファに座って見ている俺は、素直に感心していた。
母・美咲。
かつて、国民的アイドルグループのセンターだった。
引退して、もう十年以上経ってるはずなのに──
細く引き締まったスタイル。
ブレない軸。
柔らかく、力強い動き。
現役バリバリって言われても、誰も疑わないレベルだった。
(……俺が家族だから冷静に見れてるのかもしれないけど)
他人だったら、たぶん直視できないくらい美しかった。
そして、その隣で踊る紗良も──
負けてなかった。
動きはまだ荒削りだけど、
リズム感と表現力は、天性のものがあった。
何より、楽しそうだった。
練習がひと段落して、ペットボトルの水を飲みながら、
紗良は満足そうに笑った。
「やっぱさー、脳みそおっさんでも、
肉体一級品だと、やってて楽しいね!」
「……いや、女子中学生がそれ言うなよ」
思わずツッコむ俺に、
紗良は悪びれずにウインクしてみせた。
「明日、楽しみだなー!」
その声には、緊張も不安もなかった。
純粋な、心の底からのワクワク。
(──いいな)
素直に、そう思った。
俺も、明日は全力で、紗良を応援しよう。
夏の夜。
まだ見ぬステージの向こうに、
新しい物語が待っている。
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