第14話 夏祭り、母と妹の伝説パフォーマンス!

夜の海風が、少しだけ涼しく感じるころ。


地元の夏祭りは、提灯の明かりに包まれていた。


ステージの前には、地元民たちがびっしり。


子どもたちの浴衣姿や、屋台のにぎわいが、夏の匂いを濃くしている。


──そして、いよいよ出番の時間が来た。


紗良と母・美咲は、簡易ステージの袖に立っていた。


Tシャツに短パンというシンプルな衣装。

それだけなのに、二人は人目を引いた。


(……頑張れ、紗良)


客席の最前列に座った俺は、心の中でそうエールを送った。


「続きまして──

天城紗良さんと、天城美咲さんによるステージパフォーマンスです!」


司会者の声が響き、

ざわつく観客たちを前に、二人がステージに上がる。


ぱらぱらと、控えめな拍手。


手拍子をしているのは、うちの家族と、同級生たちだけだった。


(まぁ、最初はこんなもんか)


音楽が流れる。


軽快なポップチューン。


紗良がリズムに乗って歌い始め、

その隣で母・美咲が軽やかにステップを踏む。


最初は遠巻きに見ていた観客たちも、

徐々に手拍子を合わせ始めた。


 





──二曲目。


曲が変わった瞬間、空気が変わった。


イントロと同時に、どこからか聞こえてきた声。


「あれ……水瀬美咲じゃね?」


「……え、うそ!? 本物!?」


ざわっ──と観客席がざわめく。


一気に前に詰め寄る人たち。


スマホを取り出して撮影し始める人。


ざわざわとした熱が、会場を包み込んだ。


そして、歌が始まる。


母・美咲の伸びやかな歌声。

紗良のフレッシュなハーモニー。


二人のパフォーマンスが、完全に観客を飲み込んだ。


(すげぇ……)


俺も思わず見とれていた。

 



 


三曲目。


もはや、ステージ前は人で溢れかえっていた。


リズムに合わせて腕を振る人。

手拍子を送る子どもたち。

スマホで必死に撮影しているおじさんたち。


地元の祭りとは思えない盛り上がりだった。


そして、曲が終わると──


自然と、拍手が沸き起こった。


「アンコール!!」


「アンコール!!」


どこからともなく上がった声が、

一気に大きなコールに変わる。


なんと、司会者までもがマイクで、


「ええ、これは……アンコールですよね!?

市長!議員さんも一緒に!!」


と煽り始めた。


市長も、議員も、地元商店街のオジサンたちも、

みんな一緒になって「アンコール!」と叫んでいた。


──もう、止められない。


母・美咲と紗良は、顔を見合わせて笑うと、

ステージのセンターに歩み出た。


「じゃあ……せっかくだから、もう一曲だけ!」


母がマイクを手に取ると、

会場はさらに沸き立った。

 


イントロが流れた瞬間──



俺は思わず息を呑んだ。


それは、かつて母がアイドル時代、

大ヒットさせた伝説の一曲だった。


現役時代の美咲をリアルタイムで見てきた大人たちは、

「うわあああ!」と一斉に歓声を上げ、

スマホを構える手を震わせながら、曲に合わせて手拍子を始めた。


母は、変わらない歌声で。

そして、紗良は、隣で最高のサポートに徹しながら。


親子二人のパフォーマンスは、

たった今この場でしか見られない、唯一無二のものだった。

 

地元の夜空に、

あの頃と変わらない美しい歌声が響く。





ラストサビ。


母と紗良が、ステージ中央で肩を並べ、

力いっぱい歌い上げた。


客席は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれていた。


(……すげぇ)

 

目の前で繰り広げられる光景に、

俺はただ、呆然と立ち尽くしていた。


こんなに人を魅了できるパフォーマンスが、

本当に、家族の中から生まれている。


誇らしい気持ちと、

どこか遠い憧れみたいな感情が、胸の奥で静かに交錯した。


 



 


こうして──


母と紗良の「伝説の20分間ステージ」は、

その夜を境に、地元で語り草になった。


「夏祭りの奇跡」

「水瀬美咲、奇跡の復活」

「天才親子パフォーマンス」


いくつもの異名を残して、

天城家の名は、ひっそりと、しかし確実に地元に刻まれたのだった。

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