第14話 夏祭り、母と妹の伝説パフォーマンス!
夜の海風が、少しだけ涼しく感じるころ。
地元の夏祭りは、提灯の明かりに包まれていた。
ステージの前には、地元民たちがびっしり。
子どもたちの浴衣姿や、屋台のにぎわいが、夏の匂いを濃くしている。
──そして、いよいよ出番の時間が来た。
紗良と母・美咲は、簡易ステージの袖に立っていた。
Tシャツに短パンというシンプルな衣装。
それだけなのに、二人は人目を引いた。
(……頑張れ、紗良)
客席の最前列に座った俺は、心の中でそうエールを送った。
「続きまして──
天城紗良さんと、天城美咲さんによるステージパフォーマンスです!」
司会者の声が響き、
ざわつく観客たちを前に、二人がステージに上がる。
ぱらぱらと、控えめな拍手。
手拍子をしているのは、うちの家族と、同級生たちだけだった。
(まぁ、最初はこんなもんか)
音楽が流れる。
軽快なポップチューン。
紗良がリズムに乗って歌い始め、
その隣で母・美咲が軽やかにステップを踏む。
最初は遠巻きに見ていた観客たちも、
徐々に手拍子を合わせ始めた。
◇
──二曲目。
曲が変わった瞬間、空気が変わった。
イントロと同時に、どこからか聞こえてきた声。
「あれ……水瀬美咲じゃね?」
「……え、うそ!? 本物!?」
ざわっ──と観客席がざわめく。
一気に前に詰め寄る人たち。
スマホを取り出して撮影し始める人。
ざわざわとした熱が、会場を包み込んだ。
そして、歌が始まる。
母・美咲の伸びやかな歌声。
紗良のフレッシュなハーモニー。
二人のパフォーマンスが、完全に観客を飲み込んだ。
(すげぇ……)
俺も思わず見とれていた。
◇
三曲目。
もはや、ステージ前は人で溢れかえっていた。
リズムに合わせて腕を振る人。
手拍子を送る子どもたち。
スマホで必死に撮影しているおじさんたち。
地元の祭りとは思えない盛り上がりだった。
そして、曲が終わると──
自然と、拍手が沸き起こった。
「アンコール!!」
「アンコール!!」
どこからともなく上がった声が、
一気に大きなコールに変わる。
なんと、司会者までもがマイクで、
「ええ、これは……アンコールですよね!?
市長!議員さんも一緒に!!」
と煽り始めた。
市長も、議員も、地元商店街のオジサンたちも、
みんな一緒になって「アンコール!」と叫んでいた。
──もう、止められない。
母・美咲と紗良は、顔を見合わせて笑うと、
ステージのセンターに歩み出た。
「じゃあ……せっかくだから、もう一曲だけ!」
母がマイクを手に取ると、
会場はさらに沸き立った。
イントロが流れた瞬間──
俺は思わず息を呑んだ。
それは、かつて母がアイドル時代、
大ヒットさせた伝説の一曲だった。
現役時代の美咲をリアルタイムで見てきた大人たちは、
「うわあああ!」と一斉に歓声を上げ、
スマホを構える手を震わせながら、曲に合わせて手拍子を始めた。
母は、変わらない歌声で。
そして、紗良は、隣で最高のサポートに徹しながら。
親子二人のパフォーマンスは、
たった今この場でしか見られない、唯一無二のものだった。
地元の夜空に、
あの頃と変わらない美しい歌声が響く。
◇
ラストサビ。
母と紗良が、ステージ中央で肩を並べ、
力いっぱい歌い上げた。
客席は、割れんばかりの拍手と歓声に包まれていた。
(……すげぇ)
目の前で繰り広げられる光景に、
俺はただ、呆然と立ち尽くしていた。
こんなに人を魅了できるパフォーマンスが、
本当に、家族の中から生まれている。
誇らしい気持ちと、
どこか遠い憧れみたいな感情が、胸の奥で静かに交錯した。
◇
こうして──
母と紗良の「伝説の20分間ステージ」は、
その夜を境に、地元で語り草になった。
「夏祭りの奇跡」
「水瀬美咲、奇跡の復活」
「天才親子パフォーマンス」
いくつもの異名を残して、
天城家の名は、ひっそりと、しかし確実に地元に刻まれたのだった。
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