第12話 夏休み、家族旅行で夫婦喧嘩

夏休み。



世間の学生たちが、海だ!山だ!祭りだ!と浮かれる中──


俺たち天城家も、珍しく「家族旅行」に出かけることになった。



目的地は、少し離れた県の──


人がほとんど来ない、穴場の海。



(……まぁ、たまにはこういうのもいいか)



そう思ったのも、最初だけだった。



 





 



「よーし! まずはダッシュな! 浜辺ダッシュ!!」



到着して30秒後、父・蓮が叫んだ。




「ええええええ……」



思わず、家族全員で声を揃える。



そこは、想像以上に何もない海だった。



海の家? ない。



シャワー施設? ない。



コンビニすら、車で30分。



文字通り、海と空と砂しかない。



さらに、追い打ち。



「つまんな……」



紗良が、露骨にテンションを下げる。



母・美咲も、日焼け防止グッズをこれでもかと身にまとい、


絶対に直射日光に当たらないポジションに陣取っている。



「パパ……せっかくの旅行なんだから、トレーニングとかやめようよ……」



「は? 砂浜ダッシュ、超いいトレーニングなんだぞ!?


アスリートの基本中の基本!!」



父は大真面目に反論する。



「いや、ここ、バカンスする場所じゃないの!?


スポ根部活合宿じゃないのよ!?」



母の声も徐々に大きくなる。



空気、急降下。


 


(……あー、これはヤバい)



俺は顔をしかめ、


隣で同じく苦笑いしている紗良と目を合わせた。



「……前世でもさ、夫婦って、難しかったよな」



「だな」



まるで、長年連れ添った戦友のようなテンションで、


俺たちはうなずき合った。


 






その後も父と母は、


「ダッシュすべきvsパラソルでのんびりすべき」論争を繰り広げ──



ついに、ぷいっとお互いに背を向けた。



(……こりゃ、本格的にやばい)



仕方なく、俺と紗良は立ち上がった。


 


「ちょっといい?」



紗良が、二人の間に割って入る。



妹のくせに、声のトーンとオーラは、妙に落ち着いていた。



──なにせ、中身は両親より年上だ。



説得力が違う。


 


「明日さ、二人でデートしてきなよ」



紗良は、にっこり笑って提案した。



「え?」



「は?」



父と母は、同時にぽかんとする。



「私たち兄妹は、適当にショッピングモールでも行って時間つぶすからさ。


せっかくの旅行なんだし、たまには夫婦水入らずでデートしてきなって」



さらっと言ったけど、内容は結構な爆弾発言だった。



父も母も、一瞬顔を見合わせて──



「……デート……」



「……デートかぁ……」



なんだか、微妙に照れていた。



翌日。



朝から俺と紗良は、近場のショッピングモールへ避難していた。



ファッションフロアをぶらぶらしたり、


フードコートでクレープ食べたり、


ゲームセンターでUFOキャッチャーに挑戦したり。



「ま、たまにはこういう休日も悪くないよな」



「だね~。デートスポットに兄妹で来るってどうかと思うけど」



「うるせぇ」



そんな他愛もない会話をしながら、


俺たちは時間をつぶした。




夕方。



再び家族で合流すると──



父と母は、目に見えて様子が変わっていた。


 


「パパがね、昔よく行った喫茶店に連れてってくれたの!」



「ママが頼んだパフェ、めっちゃデカかったんだぜ!」



なんだこのラブラブ空気。



まるで、新婚カップルかってレベルで、


二人で楽しそうに、くっついて喋っている。


 


俺と紗良は、絶句した。


 


(……これ、俺たちがいなかった方がよかった説)



(マジで)



心の中で、妙な達成感と共に、そっと肩をすくめた。



「……ま、結果オーライってことで」



「だね」



顔を見合わせ、苦笑し合う俺たち兄妹。



 







砂浜に沈む夕陽を背に、


笑い合う家族を見つめながら。



俺は、心の奥底で、静かに決意した。



前世──



俺は、ろくに親孝行もできないまま、


なんとなく人生を終えてしまった。



照れくさくて、


面倒くさくて、


「いつかやればいい」と思っているうちに、


何もできないままだった。



だから今度こそ──



自分の納得する人生を生きるのはもちろん、


ほんの些細なことでもいいから、


もっと、親孝行をしていきたい。



「ありがとう」を伝えたり、


一緒に笑ったり、


心配させないように頑張ったり。



そんな当たり前のことを、


ちゃんと大切にしていきたい。



このかけがえのない家族を守りながら、


前よりも、もっとまっすぐに生きていこう。



潮風に吹かれながら、


俺はそっと、拳を握りしめた。

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