第12話 夏休み、家族旅行で夫婦喧嘩
夏休み。
世間の学生たちが、海だ!山だ!祭りだ!と浮かれる中──
俺たち天城家も、珍しく「家族旅行」に出かけることになった。
目的地は、少し離れた県の──
人がほとんど来ない、穴場の海。
(……まぁ、たまにはこういうのもいいか)
そう思ったのも、最初だけだった。
◇
「よーし! まずはダッシュな! 浜辺ダッシュ!!」
到着して30秒後、父・蓮が叫んだ。
「ええええええ……」
思わず、家族全員で声を揃える。
そこは、想像以上に何もない海だった。
海の家? ない。
シャワー施設? ない。
コンビニすら、車で30分。
文字通り、海と空と砂しかない。
さらに、追い打ち。
「つまんな……」
紗良が、露骨にテンションを下げる。
母・美咲も、日焼け防止グッズをこれでもかと身にまとい、
絶対に直射日光に当たらないポジションに陣取っている。
「パパ……せっかくの旅行なんだから、トレーニングとかやめようよ……」
「は? 砂浜ダッシュ、超いいトレーニングなんだぞ!?
アスリートの基本中の基本!!」
父は大真面目に反論する。
「いや、ここ、バカンスする場所じゃないの!?
スポ根部活合宿じゃないのよ!?」
母の声も徐々に大きくなる。
空気、急降下。
(……あー、これはヤバい)
俺は顔をしかめ、
隣で同じく苦笑いしている紗良と目を合わせた。
「……前世でもさ、夫婦って、難しかったよな」
「だな」
まるで、長年連れ添った戦友のようなテンションで、
俺たちはうなずき合った。
◇
その後も父と母は、
「ダッシュすべきvsパラソルでのんびりすべき」論争を繰り広げ──
ついに、ぷいっとお互いに背を向けた。
(……こりゃ、本格的にやばい)
仕方なく、俺と紗良は立ち上がった。
「ちょっといい?」
紗良が、二人の間に割って入る。
妹のくせに、声のトーンとオーラは、妙に落ち着いていた。
──なにせ、中身は両親より年上だ。
説得力が違う。
「明日さ、二人でデートしてきなよ」
紗良は、にっこり笑って提案した。
「え?」
「は?」
父と母は、同時にぽかんとする。
「私たち兄妹は、適当にショッピングモールでも行って時間つぶすからさ。
せっかくの旅行なんだし、たまには夫婦水入らずでデートしてきなって」
さらっと言ったけど、内容は結構な爆弾発言だった。
父も母も、一瞬顔を見合わせて──
「……デート……」
「……デートかぁ……」
なんだか、微妙に照れていた。
翌日。
朝から俺と紗良は、近場のショッピングモールへ避難していた。
ファッションフロアをぶらぶらしたり、
フードコートでクレープ食べたり、
ゲームセンターでUFOキャッチャーに挑戦したり。
「ま、たまにはこういう休日も悪くないよな」
「だね~。デートスポットに兄妹で来るってどうかと思うけど」
「うるせぇ」
そんな他愛もない会話をしながら、
俺たちは時間をつぶした。
夕方。
再び家族で合流すると──
父と母は、目に見えて様子が変わっていた。
「パパがね、昔よく行った喫茶店に連れてってくれたの!」
「ママが頼んだパフェ、めっちゃデカかったんだぜ!」
なんだこのラブラブ空気。
まるで、新婚カップルかってレベルで、
二人で楽しそうに、くっついて喋っている。
俺と紗良は、絶句した。
(……これ、俺たちがいなかった方がよかった説)
(マジで)
心の中で、妙な達成感と共に、そっと肩をすくめた。
「……ま、結果オーライってことで」
「だね」
顔を見合わせ、苦笑し合う俺たち兄妹。
◇
砂浜に沈む夕陽を背に、
笑い合う家族を見つめながら。
俺は、心の奥底で、静かに決意した。
前世──
俺は、ろくに親孝行もできないまま、
なんとなく人生を終えてしまった。
照れくさくて、
面倒くさくて、
「いつかやればいい」と思っているうちに、
何もできないままだった。
だから今度こそ──
自分の納得する人生を生きるのはもちろん、
ほんの些細なことでもいいから、
もっと、親孝行をしていきたい。
「ありがとう」を伝えたり、
一緒に笑ったり、
心配させないように頑張ったり。
そんな当たり前のことを、
ちゃんと大切にしていきたい。
このかけがえのない家族を守りながら、
前よりも、もっとまっすぐに生きていこう。
潮風に吹かれながら、
俺はそっと、拳を握りしめた。
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