第3話 パリ
「アディダン全九族が総力を上げねば妖魔の大群率いるアラガガイに勝てん。」
イムツ社の頭目、ペナクは落ち着かなかった。
昨日の集会で海の巨人への臨戦態勢を宣言はしたが、パリ様の話によれば、200年前では1万人、100年前は2万人の各部族の勇士、いわゆるアディダン人総出で戦ったという。パリ様やカイエンがいるとはいえ、ツァイ族1万8989人、勇士2000人程度ではアラガガイに太刀打ちできない。なのに半分以上の戦死者を出した壮絶な戦いだったそうだ。各族への使者は出発準備が整いつつある今、予想していなかった問題が起きた。
「頭目。他の社からの連絡係がまだ来ません。」
問題はツァウ族の他の社だ。今朝合図の狼煙を上げたにも拘らず、日が頂点をまわっても各社から連絡が来ない。
「一番大きいトゥアリ社からも連絡が無いとなると…。」
「それにマヤスビの準備もございます。」
マヤスビとは、軍神を天から招いて勇士達の力を高めるツァウ族独自の祭りだ。アラガガイとの戦いに先だって、その場でツァウ族各社でまずは段取りを決めるのだが…。
「とりあえず、海側の2つの社の様子を知りたい。」
「勇士ムバイ、各族への使者の準備もあるだろうが、まずは何人か連れてトゥアリ社の様子を見に行ってもらえるか。」
控えていたリーダー格の勇士ムバイは頭目から手渡された檳榔を口に含み、軽く噛んだあと、手に持った小さな竹筒に吐き出す。
「御意。」
…
集会から一晩経ち、翌日頭目の使いが来て、俺はルクとパリさんの世話係に任命された。女子や子供たちは勇士達の世話や食料、燃料、水の調達に駆り出されている。
俺とルクは社から竹籠で食料を担ぎ、パリさんを連れて森にあるパリさんの家に戻った。
パリさんは今、家の外の腰掛に座っている。その間ルクとパリさんの部屋を整理したり、持ち込んだものをしまい込んだりした。いま社のほうでパリさんの家を準備している。魔獣や妖魔が社を襲う前に、社に移り住んでもらおうということだ。
「パリさんの家に来ると、あの日のことを思い出すね。」
「…。」
約5年前、俺たちが10歳ぐらいの頃、パリさんと初めて出会った。
パリさんは世話係を連れて目を竹片で隠し、ただ社の近くの切株の上に座っていた。社の勇士や社人は、近くを通ると膝をつき、頭を垂れ、何か祈りの言葉を言ってはまた仕事に戻った。社の子供達も、親に言われて同じようにしていた。思えば、今に比べて尊敬より、正体の分からぬ怖さを感じていた。頭目が生まれるはるか前から居て、神話に出てくるような存在のパリさんだ。
だけど当時俺は社の守護神と敬われていたけど、パリさんがみんなから距離を置かれているようになんとなく感じたのだろうか。
「あの人かわいそう!どうしてあの人には友達がいないの?」
と言ってしまったそうだ。
ここからは覚えているのだが、周りの大人達が集まってきて、俺にいろいろ言ったのだけど、パリさんはとても喜んだそうで、俺に近寄る様に言った。
俺はパリさんの膝の上で、いろんな話を聞かせてもらった。昔とんでもない神様がいた話、森にまつわる伝説、大きな鳥人間の話…。そのことが前代未聞だったらしく、頭目が顔を真っ青にし、パリさんに何かいっていたのは今でも印象に残っている。
その後パリさんの要望によって、俺を含む子供達に膝をつくことをやめさせ、自由にパリさんに話しかけることを許された。
当時ルクはその場にいた。
「おい、バラン、ルク。追加の荷物だ。」
そして…エンヤもいた。
なので、この3人はパリさんのお気に入りとして社では認知された。
家を出ると、パリさんに挨拶をしているエンヤがいた。
大荷物を地面に置いてある。そこから木製の長剣が伸びているのが見えた。
「エンヤちゃん、今日もバランと稽古?」
「ルク、お前もだぞ。」
「えー?」
エンヤはカイエン先生と共に別の大地から来たのもあって、あまり社になじめていないみたいだ。考え方が社の別の女の子たちとは違う、というのがルクの意見。でもパリさんと仲良くなったのがきっかけになったのか、カイエンはルクと俺と俺と同じ年ごろの子供たちに父親仕込みの剣術を教えるようになった、とルクが言ってた。
エンヤとの稽古は疲れるし、面白くもなかったのであまり乗り気じゃなかった。だがパリさんも、やったほうがいいって言ったのと、カイエンが教えてくれた技術でルクとエンヤを魔獣から助けたことがあってから、俺は目的意識を持ってやれるようになった。
一度だけ、ルクとエンヤと一緒だった時に魔獣に出くわした。さすがに逃げ切れないとなって、みんなで立ち向かう事にした。エンヤは当時長剣を持っておらず、そこらへんの木の棒で、ルクは護身用の小刀、俺は両親が遺してくれた刀で応戦した。だが今より小さい体で、今の体の数倍の魔獣との闘いは絶望的だった。
エンヤがうまく魔獣を引きつけ、俺はエンヤから学んだ剣術で何とかとどめを刺した。
あれから、エンヤは訓練に更に打ち込むようになった。それもあってか、エンヤは同年代の中では、飛び抜けてる。エンヤの剣術は、先祖が海の巨人にほとんど殺された後、エンヤの祖父が「ヨウユン長剣」という剣術を学んだ。それを俺たちは学んでいる。
今思えばあの魔獣も、アラガガイの前兆だったのかもしれない。
型の練習、座禅、ただ立つだけ、剣を構えるだけ…といった日常的な稽古をこなしていく。
「バラン、次はこれで戦ってもいい?」
エンヤとの模擬戦を終えたところで、ルクが先が太いこん棒を持ち出してきた。
エンヤはカイエンの剣術「ヨウユン長剣」より、頭目の父から学んだ社伝統のナタの使っている時の方が楽しそうにしている…ように見える。
「じゃ、私が審判しよう。」
ルクやエンヤがいてすごく助かる。俺だけだったら、もしかしたら稽古をやめていただろうな。
パリさんは座ったまま、俺たちの稽古をしてるそばでじっと座っている。
パリさんは裸眼だと、特殊な眼力で、見たものに天罰を与えてしまう。だから、ずっと、おそらく200年前から竹片で目を塞いでいた。
俺とルクとエンヤは、初めてパリさんと会った時から目を隠し続けていることを不思議に思っていた。そしてパリさんからその話を聞いて、何とかしたいと思ったんだ。
アコウの木、ビンロウの木、葉っぱ、編み込んだもの、いろんなものをパリさんと一緒に虫や動物に対して何度もやってみた。そしたらやっぱり竹が一番いいことが分かった。最後には向こう側が見えるぐらい薄く削ったものでも目の力を防ぐ効果があることが分かった。
ルクの手技とカイエン先生の長剣が無ければできなかった。エンヤが内緒で持ってきてくれたのは助かった。だけどカイエン先生にはその後すごく怒られて、日の出から夜まで、こってい絞られた。だけどそれが今日の魔獣との闘いに行かされたと考えると、良かったかもしれない。
だから今はルクが作った竹をすごく薄く削った布みたいな物を付けている。布の奥にはパリさんの赤い目が見える。あれが、天罰を与える目なんだ。
「休もうか。さつまいもと干し肉をお食べ。」
「パリさん。」
「なんだいバラン。」
「アルガガンって、一体何なの?」
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