第2話 前兆
パリさんと社についたのは日が完全に落ちきる少し前だった。社の入り口では頭目のペナク、娘のルク、幼馴染のエンヤ、そして大勢の人が待っていた。
「バラン!」
頭目の娘のルクとエンヤが俺たちを見たら駆け寄って来た。
「良かった…パリさんのお手伝いさんが、すごい勢いで私の家に来たの…。」
ルクは今にも泣きそうだ。
「バランが危険だって、でもパリ様が迎えに行くって。だからここで待ってたんだ。」
エンヤはいつもの負けん気の強さから、私が迎えに行くと言いたそうな雰囲気だ。
「ルク、エンヤ、大丈夫だよ。パリさんが助けてくれたよ。」
そこに頭目が後ろからついてきた。
「心配したぞ…。バラン。無事でよかった」
俺の頭に手を載せ、パリさんに声をかける。
「パリ様…」
パリさんの前に大人達が跪く。
「ルク、バランの傷を見ておやりなさい。終わったら集会所に一緒に来なさい。」
「わかった。」
「エンヤ、すまぬがパリ様を連れて集会所に向かってくれ。」
「はい。」
ペナクは立ち上がると、まだパリ様に向かって跪き、感謝の言葉を述べている人々に向き直る。
「みな、集会所に向かってくれ。大事な話がある。」
バランは頭目の家で、ルクに傷を見てもらう。頭目の家は広く、伝承の品などが天井や壁に置かれている。
「よかった、かすり傷だから、ササリばあ様を呼ばなくてよさそうね。」
「ササリおばさんはいいや…」
ササリおばさんは社の巫女だ。イムツ社にはパリさんがいるから、神に祈るということ自体はほとんどすたれてしまい、今では人の病気を治したりするのが主な仕事らしい。
「痛い薬、苦い薬ばっかり使うからなぁ…。」
聞くところによると他の社では、パリさん並みに尊敬されていることもあるそうだ。隣に住むおじさんが1年中咳をしていたのをこの前治したんで、できる人だとは思うんだけど…。
「痛っつ!」
擦り傷に、ルクが薬を塗ってくれている。
「これもササリおば様にもらった薬よ。すごく良く効くの。」
「ふーぅ」
「パリ様、竹片の目隠しをしていたわ。」
「ああ、ルクが作ったアレじゃなくてね。」
「アレはルクじゃないと作れないんじゃないかな。」
「バランがきっかけになったんだよ?」
ルクが立ち上がる。
「とりあえず集会所に行こう。」
社人が集会所に集まっている。パリと頭目が向かい合う形で座り、その間に勇士たちが座る。アワ酒が配られ、各々の前に置かれている。
俺とルクは頭目の後ろ側に座った。エンヤは頭目の近くに父親のカイエン先生と共にいる。カイエン先生がチラッと俺の方を見て、うなずいて、すぐに頭目とまた何か話始めた。
集会所も茅葺き屋根だが、猪、鹿や熊の頭蓋骨が天井に飾られている。中には奇妙に変形した形のものもあるが、おそらく魔獣のものだろう。普段こういうものは頭目の家に飾ってあるものだが、イムツ社では集会所に飾ってある。
向かって右側にはピヒチと呼ばれる竹で作られた頭蓋置き場がある。何が入っているのかはみたことはない。大人が言うには社に対して無礼を働いた人間のものが入っているという。
集会所を見回しているとササリおばさんが反対側の端っこに座っていて目が合った。にやっと笑うのを見て、すぐに目を逸らした。なんだどや顔しやがって…。痛いんだよあんたの薬は。
「さて、イムツ社の諸君。…先日我がツァウ族の海に近い社、クアール社が妖魔に襲われた。」
社の大人がざわつく中、勇士達は小米酒をあおりながら、無言だった。
「パリ様。」
頭目はパリさんのほうを見る。パリさんは俯いていたが、顔を上げる。
「そして今日、バランが魔獣に襲われた。」
静かになった大人たちは頭を下げている。勇士は酒碗を置き、座り直した。
「大昔に海から巨人が現れ、妖魔を率いて人を殺し、畑を踏みにじり、家を燃やした。それはいつも海側から始まった。そして人里に近寄らない魔獣が社の近くに姿を現す。今の状況はまさにその時と同じだ。」
パリは大人たちの顔を見渡し、自分の言葉を理解しているか見ているようだ。
「アディダン島には九つの族がすみ、そして洪水伝説がそれぞれの族に伝わっている。その洪水伝説にも関連しているのが、海の
「私は250年前に生また。200年前に1度目、100年前に2度目、アラガガイが襲ってきた旅に私はその時の勇士たちと共に追い返した。」
「島の西側の海辺に今は誰も住んでいないが、あれはアラガガイが300年前に初めてこの地にやってきて来たからなのだ。奴は西の海からやって来る。我々ツァウ族は西の海岸からは比較的近い。いわば最前線ともいえる。」
頭目が座ったまま、頭を下げる。
「恐れながら、パリ様。その海の巨人は滅することはできないのでしょうか。」
「奴は不死身なのだろう。二度、皆で死力を尽くして戦ったが結局滅するには至らなかった。」
パリさんでも倒せない化け物にどう対峙すればいいのか。バランはすごく不安になる。
「アララガイの襲来は100年前から分かっていた。そして今再びその時が来たのだ。」
頭目が言葉を繋げる。
「我々には社の勇士達がいる、パリ様がいる。そしてこれまでと違う事がある。カイエン、エンヤ。」
カイエン先生は海の向こうの別の大地の民、らしい。15年ぐらい前、俺が生まれたばかりの時に社に来た。
そして、エンヤ。
エンヤは社に着いたときはまだ2歳だったそうだ。俺とルクとエンヤの3人は幼馴染として一緒に過ごしてきた。今日のエンヤはいつにもまして気の強さが顔に出ている気がする。緊張しているのかもしれない。
「皆の衆。カイエンだ。」
カイエンは皆を見渡して一呼吸おいてから言った。
「私が生まれる前、アラガガイは我が故郷を襲った。生き残った父は「ヨウユン長剣」を学び、海の巨人を滅する力を手に入れた。そしてそれを私が受け継いだ。」
「皆に協力してきてもらってこの数年、社の要塞化を進めてきた。塀を作り、様々な武器を準備し、魔獣と戦う術を皆と共に研鑽して来た。これもすべて海の巨人を滅するためだ。」
「私は必ず一族の仇敵たる海の巨人を斃す。私が成せなければ娘のエンヤがその任を全うするであろう。」
エンヤは目をキラキラさせているだろう。バランからは顔は見えないが、きっとそうだ。ふとルクを見ると、ルクは不安そうな顔をしている。涙目なのか、目が少し赤くなっている。
カイエンの言葉にうなずくと、頭目は言葉を続ける。
「カイエンとエンヤ親子は我が社から受けた恩義を返すと言ってくれている。我々も我々の社を守る。」
「勇士ムバイ。」
「ここに。」
「200年前からツァイ族の社が一番最初に被害を受け、そして各地に広がっていった。明日早朝に狼煙を上げ、各族への使者を組織せよ。」
「はっ!」
頭目はスッと立ち上がると号令を発した。
「これより、アラガガイとの臨戦態勢に入る!」
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