南国生まれは誰も知らない神話を謳う

@mimimu

第1話 テコン・ウネヌ

アディダン島の霊峰、ニプユ山の麓に広がる森の端にある村、イムツ社。

大昔に島全体が沈没するぐらいの大洪水があって、ニプユ山に逃げたのが俺たちの先祖だそうだ。洪水の水が引いてからイムツ社ができた。

森には果物が沢山あるし、水は美味しい。少し歩けば社もたくさんある。そして…魔獣と妖魔もたくさんいる。そんな場所に俺は生まれた。


「テコン・ウネヌ?」


茅葺き屋根の家を出て、森に向かって社を出ようとしたところで、皮製の袖なし上着を纏い、槍をもつ筋肉質な男に話しかけられる。いつ見ても大人はデカいな…。それに槍…?武装している?


「どこに行くも何も、森に水汲みに行くんです。」

「…昨日の夜、社の近くで魔獣らしきもが目撃された。」

「…!?」


バランは背負った水を入れる3つの巨大な竹筒を降ろそうとしたが男に止められた。


「刀は持っているか?」

腰の後ろに横向けに付けた刃渡り25cm程の刀を見せる。


「ま、いいだろう。それに森にはパリ様がいる。」


勇士に見送られて社を出てアワともち米の田んぼを抜け、野生しているサトウキビを刀で採り、皮を剥いて噛む。兎が糞をしながら走り回っている中、猪や熊には出くわさないようにと祈りながら川に沿って上流に向かっていると魚が泳いでるのを見つける。

捕りたくなるが、今日はとりあえず水だけ…と言い聞かせながら、水汲みに適した場所にやってきた。背負っていた1mほどの竹の水筒にひょうたんを半分に切って作った杓子で水を汲み入れていく。


「バランかい?」


川辺に座ってサトウキビをかじっていると聞きなれた声が聞こえてきた。


「テコン・ウネヌ?」

「ここで水を汲んでるだけです。テコン・ウネヌ?」

「久しぶりに外の空気を吸いたくてちょっと散歩だよ。」


社の守護神とされる、目を竹片で覆っている小柄な女性、パリさんだ。世話係の女性に手を引かれてやってきた。相当長い年月を生きているというが、世話係の女性よりはるかに若く見える。見た目は俺とあまり変わらないんじゃないか。


「パリさん、今日はアレを付けてないんだね。」


パリさんは目を覆う竹片を触る。


「ああ…。たまにはコレも付けたくてね。」


パリさんは目に特殊な能力が備わっていて、見たものに天罰を与えると言われているので普段は目を隠している。そんなすごい力を持つ社の守護神パリさんと俺が仲が良くなったのは、パリさんが竹片を付けなくてもいいようにと、友達と頑張ってアレを作ったからなんだ。

パリさんは俺の様子を見に来てくれた…のかもしれない。バランは急いで水筒を確認する。


「あと…、もう少しで戻れます。」

「ふふん、バランはやっぱり要領がいいね。」


パリは口元を緩めると、世話係と共に森の方にゆっくりと歩み去っていった。

水汲みを終えて社に戻る途中、ふと気づくと鳥の囀りが聞こえなくなっていた。それにいつもならちょっかいを掛けてくるサルの気配もない。


これは…。


少し歩いて止まって回りを見る。何か茂みに潜んでいるような…気がする。西に真直ぐ進めば社だが、このまま真直ぐ行って社にもどるべきか、或いは周り道をするべきか。


「…」


回り道をすべきだろう。少し大回りになるかもしれないが、一旦南寄りに遠回りしよう。暗くなったら、あっちの社に世話になればいい。踵を返して移動を開始する。俺は7歳から森に入って8年、俺は森で迷ったことがない。少し違う道を行ったってどうってことはない。

そうだ、どうってことはないんだ。


曇ってきた。少し森が暗く感じる。この森の木々はそれなりに高い。縄の材料になるアコウの木はバランの数倍の高さがある。今度はここら辺に採りに来るかと考えつつ、速足で進んでいくと、突然開けた場所に出た。まずい、もし何かいるとしたら…。



ザザッ…


木々の間から姿を現す異形。気づかないうちにここに誘いこまれていたのかも知れない。見える限り5匹いる。熊や猪とかなら何とかなったかもしれないが…。こいつらは魔獣だ。おそらく逃げ切れない。


何かしらの理由で異形と化したモノたち。四足…動きは早そうだ。1匹1匹の大きさも俺の倍ある。口の隙間から見えるあの牙。噛まれでもしたら動けなくなるだろう。さらに四肢の先にある爪…。変形してねじれていて、あんなので刺されたり、引っ掻かれでもしたら何も残らなそうだ。


少しずつ後ろに下がりながら、何か使えるものはないかと考えていると、背中の竹の水筒の存在を思い出した。これを盾として使おうと紐を緩め、左手側に寄せる。そして俺は腰につけていた刀をゆっくりと抜く。こんな短い刀で斬ったり突いたりしても、効果はないかもしれない…。


(なにか…なにか逃げる方法はないのか…?)

「グルルルル……」

「……」


魔獣が左右に回り込んで俺を囲い込もうとしている。



一瞬の静けさがあたりを包む。

ひときわ甲高い威嚇の後、正面の魔獣が突進してくる。

バランは背負っていた竹筒を左手で魔獣側に向け、体当たりを受ける。


バキィッ!


物凄い衝撃。バランは後ろに仰向けに倒れそうになったが、うまく耐えた。

右手で刀を振り下ろすが、当たらない。サッッとよける魔獣。動きが早い。

今度は左側から突進してくるのを目の端でとらえた。すぐに左に竹筒の盾を構え、今度はバランの方から魔獣に向かっていった。


ゴォン!


バランはすぐに吹き飛ばされたことに気づいた。小さい体は派手に後ろに吹っ飛んで、草地に倒れ込む。さすがに体格差には勝てないか、体の節々が痛む…。竹筒の盾は少し遠くに転がっている。だが刀はまだなんとか握っている。


(まだ…まだ戦えるか…?)


と思い、片膝をついて立とうとした瞬間、後ろから突っ込んできた魔獣がバランの背中に鈍い音を出してぶつかる。バランは一瞬目の前が真っ暗になり、またゴロゴロと地面を転げた。腕を地面につけて起き上がろうとするが、既に目の前に魔獣達がやってきている。

刀を魔獣達に向かって大きく振って見せたが、もう怖くはないといった様子で近づいてくる。


(こんなところで死んでたまるか…!)


「バラン!伏せてな!」


……


しばらく伏せていると、人の足音が近づいてくるのが聞こえた。


「もう大丈夫だよ。バラン。眼は隠した。」

「パリさん…。」


パリさんが竹片の目隠しをさすりながら立っている。世話係はいないようだ。


「まさか…パリさん、目隠しをせずにここまで来たの?」

「いや、家ではしてないのだよ。」

「そういう問題じゃ…。」

「だがお前の問題は解決しただろ?」


見ると魔獣達は地面に倒れている。少し暗くなってきているのでどうなっているのかはよく見えない。だが、もう動くことはなさそうだ。これが…パリさんの目の力…?


「あれらは解放されたのだ。」


(…すごい。一体何が起こったんだろう。)


「バラン。イムツ社に戻るぞ。」


手を差し出すパリさん。俺はパリさんの手を取った。少し冷えている気がする。


「…5匹もの魔獣に襲われるなんて…。今までなかった。パリさんこれって一体…」


パリさんは目隠しをさすり、深くため息をついた。


「バラン…。」

「…はい。」

「…100年ぶりに奴が来る。」

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