第4話 アルガガイ

その昔、アディダン島で大きな洪水があって、母なるニブヌ山以外はすべて呑み込まれてしまいました。


アディダンの兄弟は山に逃れて難を逃れました。水が引いていくのを見て、兄弟は話し合いました。兄は南へ、弟は北へ行くことを決め、弓を二つに分け、互いの子孫が再開したときの目印としました。


そうして南に下った兄はツァウ族の祖となったのです。


「パリさん、その昔話は生まれた時からずっと聞いてるよ。」

「そうだろうね。だけどこの話には各社の頭目以外に伏せられている部分があるんだよ。」

「「え!?」」


バランたちはびっくりした。バランは思わず頭目の娘でもあるルカの顔を見たが、ルカもびっくりしている。


「それとアルガガイが何なのかってのに関係しているの?」


エンヤがもっともな事を聞く。


「アルガガイが本来何者なのか、は私も実はわからないんだよ。」


パリさんは少し困った顔をした。2回の戦いを経験したにも関わらず、正体不明とは。


「ただ、この昔話には隠された部分があってね。アルガガイの危機が迫る今、バラン達には知っておいてもらいたい。」


「アディダン島を襲った「洪水」。これはアルガガイによって引き起こされた物じゃないかと言われている。私は250年前に生まれたから、実際にこの洪水を見たわけじゃないんだよね。だけど、その可能性が高い。だから物凄く昔からアルガガイがアディダンに目を付けていたかもしれない。それだけアルガガイは長寿の妖魔だってことさ。」


250年どころかそれ以上昔から居る妖魔…。しかも島全体を沈没させてしまうほどの洪水を起こすなんて…。これから相対するアルガガイは一体どんな妖魔なんだろう…。想像がつかない。


「2つに弓を折った、という部分なんだけどね。これはただの再開の誓いを表わしているだけじゃなく、《洪水》に抗う何かを示している可能性がある。」

「パリさんでもわからないの?」

「ああ、私にも知らないことは沢山あるからねぇ…。でも思い当たる節はある。」

「ツァイ族じゃない、別の部族の神話に2つの太陽の神話があるんだけど聞いたことあるかい?」

「私知ってる!」


ルクは物知りだな…。そんな神話聞いたことないや。流石頭目の娘か。


「どんな話なんだ?」


エンヤも興味があるみたいだ。剣術しか興味なさそうなのに。


「昔々、大地には2つの太陽がありました。暑すぎて無理ってなって、みんなで太陽を一つ弓で撃ち落とそうってなりました。でも太陽まで遠すぎて、勇士たちは太陽に着く前に皆おじいちゃんになっちゃいました。なので、今度は赤ちゃんを連れていって、最後は赤ちゃんんが大人になって見事太陽を弓で撃ち落としました。それで昼と夜ができました。」


「…すごいなぁ…。」


「おじいちゃんと赤ちゃん。世代を超えて任務を達成するなんて…素晴らしい!」


「まさに、私の一族と同じじゃないか!私もアルガガイを爺様の爺様の代から追っている!引き継がれた意志で敵を見事に打ち倒す!私のための神話に違いない!」


エンヤが興奮しだした。エンヤのこういうところちょっと苦手。


「そうだよね、エンヤちゃんはずっとそのために頑張ってるものね!私もカイエン先生から話を聞いたとき、お父さんに教えてもらったこの神話がすぐに思い浮かんだよ。」


「なるほど…。」


島全体を襲った洪水だから、他の部族の神話に影響を与えてる可能性もあるか。そうなると槍や剣とか、或いは別の物じゃなくて、弓が共通で出てくるのには関係があるのかも…?


「バランは気づいたかもしれないが、弓は2回の戦いでも戦局を変える重要な役割を果たした。弓がアラガガイとの戦いで重要な武器になる、ということがこの神話に込められているのではないか…?と私は考えてる。だから神話に残したんだろうね。」


「弓かぁ…私は苦手。」

「そういえば、先日の弓の試験でルクはバランに負けていたな。私は勝ったがな!」

「エンヤちゃんは武器ならなんでもうまいよねー。」


ルクは手先が器用だが、弓だけは上手く使えなかった。遠距離から攻撃できるので、社でも重要な武装として子供の頃から訓練がある。器用さでは社一番のルクが俺に負ける数少ない種目だ。


「元気でいいことだ。」


パリさんはニコニコしている。


「パリ様。他にはないんですか?」


「そうだねぇ…。兄弟の話はおそらくいろんな部族に分かれたという意味なんだと思うんだね。皆が力を合わせて洪水…アルガガイに打ち勝った…。そういう気持ちが込められているんじゃないかと思う。」


「…。」


パリさんの遠くを見てるような、何かを感じているような雰囲気を見て。静かになってしまった。何があったんだろう。


「神話に謳われ、島全体の災いであるアルガガイ…。一体どんな妖魔なんですか。」


「…そうだな。どれ、西の海岸が見える場所があるだろう?そこに行って話したほうが想像しやすいだろう。」


パリさんは立ち上がって、さっさと歩きだそうとして、転んだ。

あ、パリさん、靴をちゃんと履けてない…。


「パリ様、私が…。」

急いでパリさんのカモシカの皮でできた革靴を直してあげた。

「…靴は面倒だなぁ…。」

「…。」


これが250歳の守護神か…。


ほどなく、俺たちは森の端にある西の海岸が見える所にきた。


西の海岸は自然豊かで動物が沢山いて、サトウキビや美味しい果実が採れる平原が広がっている。だけど、誰も住もうとしない。


俺らはあまり疑問にも思っていなかった。だって今の社の周りでも十分生きていけるから。

でもアルガガイの話を聞いて、なぜ人が住まないのか分かった気がする。


「アルガガイは、西の海から現れる。姿かたちは深い霧ではっきりとは見えず、発する禍々しい気は島全体を覆う。魔獣と妖魔を西の海岸が黒く染める程引き連れ、まるで大洪水のように各族、各社を襲う。まるで伝承だろう?だが私はこの目で見たんだよ…。」


「アルガガイは大きい。大人30人分ぐらいの背丈がある。」


「お、大人30人分!?」


「私たちはあの海辺で魔獣と妖魔を倒し、アルガガイをこの森の奥にある大きな谷に誘い込み、そこでありとあらゆる方法でアルガガイに挑んだ。そして7日目の夜。その巨体は倒れたのだが…濃い霧が突然周囲を囲み、気づいたらアルガガイは消えていた。跡形もなく。」


「2回とも…?」


「そうだ、2回ともだ。この森に霧は出ない。最初は偶然かと思ったが、2回目であれはアルガガイが自ら霧を出しているのだと気づいた。あれほどの巨体をどうやって消したのか全く見当がつかないがな…。なので奴は不死身だというのが今のところの見立てだ。」


「パリ様、質問があります!」


エンヤが息巻いている。


「海岸での魔獣と妖魔の戦いでも、アルガガイは猛威を振るったのではないですか?あのただっぴろい所ではかなり不利になるのではないかと思うのですが。」


「エンヤはすごいねぇ…。そういうところに考えが及ぶんだね。」


「ええ!そりゃもう!毎日アルガガイのことで頭がいっぱいです!」


ルクはエンヤをみてニコニコしている。


「アルガガイは妖魔や魔獣と私らが戦っているのを見るだけだった。いつもね。」

「自分の仲間を守らないの…?」


ルクが不思議そうにパリさんに聞く。


「妖魔や魔獣はアルガガイの仲間ではなさそうなのだ。妖魔や魔獣がアルガガイの襲来に合わせて人間を襲っている。或いはアルガガイの何かの力でそのようになっているのかもしれん。」


パリさんは少し空を見上げて何かを考えていたようだが、すぐに溜息を吐いた。


「2回も、あれほど多くの者達が命を失ったというのに、アルガガイについては分からないことだらけだ…。」


アルガガイ…。

100年に一度の大災厄は、どうやら俺を襲った魔獣とはまったく規模が違うみたいだ。


俺たちがパリさんと話をしていたその頃、社ではとんでもないことになっていた。

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