星野家のバレンタイン事情。
中学二年になった冬のこと。
放課後の帰り道。夏美は委員会の役割があっていないため、二人だけでの帰宅だ。
校門を抜け、誰もいない裏道を歩きながら、リクがふと口を開いた。
「兄貴。誰にでも平等にいい顔するのって、疲れねー?」
リクはソラのさげている大きめの紙袋を見て肩をすくめる。
弟が何を言わんとしているのかを察して、ソラは前を見たまま、少しだけ息を吐いた。
「…………困るのは、調理実習のお菓子や、バレンタインにチョコを持ってこられることくらい。こんなふうに」
「ははっ、相変わらずだな。兄貴、今年もけっこうもらってるもんなー」
「……別に、欲しいわけじゃない」
夏美も同じクラスにいるから、「甘い物苦手なんだ」という言い訳で断れない。
かといって、「好きな子以外からは受け取れない」なんて言った日には、夏美も「ソラ、好きな子いたんだ。じゃあ私も用意しないほうがいいかな」なんて言い出しかねない。
葛藤の末、仕方なく受け取る道を選んだ。
「じゃあ、俺みたいに公言すりゃいいじゃん。俺は甘いものなんか絶対食わねー! って、全部突っ返したぞ。俺にチョコ持ってくるなんて嫌がらせでしかない」
「……僕はそこまでできないよ」
リクはニヤッと笑って、ソラの横顔をチラリと見た。
「夏美に好き嫌いが多いって思われたくなくて? ってか。健気だねえ兄貴。別に夏美は食べ物の好き嫌いで人の評価を変えるようなタイプじゃないと思うけどな」
ソラの足が、一瞬止まる。
リクはわざと知らん顔で、ポケットに手を突っ込みながら歩き続けた。
「そういうリクだって、夏美からのものだけ受け取るくせに」
リクの手元には、さっき夏美から渡された小さな紙袋がある。
中身はチキンナゲット。料理部所属の夏美が自ら作ったものだ。夏美は普段から星野家に遊びに来ると、ソラとリクの母を手伝って一緒に昼食を作ることもあったから、料理の腕はなかなかのものだ。
バレンタインと言えばチョコレートやクッキーを用意する人が多い中、夏美からリクへ渡すものはチキンナゲットに固定されていた。
「へへー。夏美は、俺が甘いの嫌いなの知ってるからな。兄貴もなんかもらってたろ?」
リクがニヤリと笑い袋を振ってみせる。
ソラは制服のポケットに入れていた小さな缶を取り出す。
「ソラはみんなからチョコもらってるし、私からもお菓子だと食べるの大変だよね? 賞味期限あるし、これなら長持ちするから好きなタイミングで飲んでね」
そう言って、夏美は紅茶の茶葉を渡してきた。
皮肉なことに、ソラが他の子からのチョコをもらうという前提の気遣いが、一周まわってソラの好物を渡すことになっている。
そしてソラがバレンタインに渡されたもので口をつけるのは、夏美からもらったものだけなのだ。
明確な言葉にしなくても、行動がすべてを物語っている。
「ほらな、結局兄貴も夏美からのは受け取ってるじゃん」
リクが得意げに笑う。
「好きだからだろ」と言うのは、なんとなく負けな気がする。二人の視線が交差してバチバチ火花を放っている。
二人は互いに、踏み込んだことを言わずに帰路についた。
食べ物を捨てるなんていう真似もできないから、ソラはバレンタインにもらったものは、甘い物を食べることのできる両親に食べてもらう。
両親もソラの気持ちを全部察した上で「ソラも夏美ちゃんからのもの以外断ればいいのに」なんて笑う。
毎年毎年、表向き誰にでも平等でいるせいで、自分の首を絞めていた。
そんなやりとりから月日は過ぎて、高校最後のバレンタイン。
「最大のライバル青井夏美がいなくなった今ならいける!」とでも思ったのか、これまでよりもチョコやクッキーを持ってくる女子が増えた。OLが恋人に贈るような、一箱数千円はしそうなブランドのチョコレートを差し出される。
ソラはチョコを断るための最大のカードを手に入れたので、迷わず切る。
「ごめんね。もう夏美以外からは貰わないよ。大事な彼女に変な誤解させたくないから」
引っ越す前までただの幼なじみだった二人が、夏休み中に恋人になったなんて誰も思っていなかったんだろう。
断られた女子たちが多大なるショックを受けたのは言うまでもない。
家に帰れば、日付指定で送られてきた夏美からのバレンタイン紅茶が届いていた。
ソラはコートを脱ぐ時間も惜しんでさっそくティーセットを用意しはじめる。
学校でのことも一部始終見ていたリクは、お茶を飲むソラを写真におさめて夏美に送信する。
「おい夏美。兄貴のやつチョコ全部突っ返してたぞ。お前、いつか同窓会で呼ばれたらぜってー質問攻めに合うぞ!」と大笑いしながら電話で話して、夏美は恥ずかしいのと嬉しいのとで悶えることになる。
星野兄弟のバレンタイン事情 END
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