星空に憧れて。 feat.篠原

 高校に入学してすぐ、篠原芽衣は悩んでいた。


"必ず部活に入らなきゃいけない"


 それがこの高校の校則だった。でも、特にやりたいこともない。

 電車が一時間に一本しかない、遊び場が片手の指で数えるくらいしかないこのど田舎から、さっさと出て行きたかった。

 卒業したら東京に出て休みのたびに遊ぶ。そのためだけに高校三年間をやり過ごす。

 


(あー、たるいな。どうせなら幽霊部員でいても怒られないような、活動が楽そうなところがいいな。なら、文化部? 音楽部は運動部並に練習厳しいって聞くから無しだよねー。園芸? は当番で植物の世話すんのやだし)


 そうして取捨選択した結果──残ったのが 天文部だった。

 芽衣の予想では、黒髪メガネの冴えない陰キャなオタクしかいない、星を見る以外にやることのない部だ。



 部室は狭くて、部屋の中央に机が五つ頭をくっつけて並べられていた。

 壁のボードには所狭しと星空の写真が貼ってある。窓際に天体望遠鏡がある。


「わー、予想通り地味ー」


 地味で暗そうな部員しかいなさそうで、笑ってしまう。 

 部室内を見回しているうちに、一人男子生徒が入ってきた。

 背が高くて穏やかそうな人だ。陰キャ要素なんてどこにもなくて、むしろ爽やかの塊。


「初めて見る顔だね。もしかして入部希望かな?」


 芽衣が持っている校内部活案内パンフレットを見て言う。


「あ、はい。とりあえず仮入部かな、って」

「そう。よかった、後輩ができて。僕は星野ソラ。二年一組」

「あたしは……一年二組の篠原芽衣です」

「篠原さんね。みんなもすぐ来ると思うから、空いてるところ好きに座って待ってて」


 ふわりと笑って促される。すぐに「いい先輩だな」と思った。


(……かっこいい)


 星野ソラという人の柔らかな雰囲気と知的な眼差しに、芽衣は一瞬で惹かれた。


「明日の夜、仮入部の部員向けに夜の校庭で天体観測会をするから、それを見てから入部するかどうか決めてもらってかまわないよ」

「はい!」


 他の先輩や新入部員、芽衣を合わせて五人しかいない小さな部活。

 天体観測会はすごくロマンチックで、芽衣はその場で入部届を提出した。


 最初だけ顔を出してあとはブッチしようなんて思っていたのに、欠かさず出席する。


 部活に来ればソラに会える。何もする気がなかった高校生活に目標ができた。


 話せば話すほどに惹かれていく。

 優しいし、頭がいいし、星のことを何も知らなかった芽衣を笑ったりせず丁寧に教えてくれる。静かに空を見上げる横顔はとても理知的。


 星空の名前をもつ先輩。天文部になるべくしてなったような人だった。

 部活のとき、スマホで景色をとるふりしながらソラを隠し撮りして、その写真は学習机に飾っている。

 いつでもソラの顔を見ることができるから幸せ。それくらいには惹かれていた。



 あるとき芽衣は日直になり、放課後、教務室に学級日誌を届けに行った。


(あーあ。もう一人の日直何もしないで帰っちゃうしサイアクー。ふざけんなっての。明日絶対文句言ってやるんだから)


 一人で教室の戸締まりをして腹を立てながら扉を開けると、ソラが二年一組の担任、吉田よしだと話し込んでいるところだった。

 吉田はソラの担任であり、天文部の顧問でもある。


「よく頑張ったな、星野。今の成績を維持するなら東大も合格圏内だ。日頃の生活態度もいいし、星野なら推薦も夢じゃない」

「ありがとうございます、吉田先生」

「ハッハッハ。これまでおれの教え子で天文学科に行ったやつなんていなかったからな。星野がどこまでデカイことをやってくれるか楽しみだ。天文学者になれたら、おれを研究室に招待してくれよ」

「気が早すぎですよ、先生」


 こっそり聞き耳を立てて、芽衣はソラの進路を知った。

 ソラは東大の天文学科に行くつもりでいる。

 ソラが行くなら、東大に行きたい。ソラと同じキャンパスを歩きたいと夢想した。

 自分の担任に「東大目指したい」と言ったら、「寝言は寝て言え、赤点三つ取るうちは夢のまた夢だ」と返されてしまったけれど。


 数学と英語で赤点の常連状態の芽衣では、東大なんて寝言にすらならなかった。




「ねえ、聞いてよ!」


 一年の二月。バレンタインが間近に迫ったある日の昼休みのこと。

 芽衣は仲のいい友人に話を持ちかけた。


「ねえ聞いて! 私、ソラ先輩に告白しようと思うんだよね!」


 すると、友人は「えっ」と微妙な表情をした。


「……ソラ先輩って、双子の星野兄弟のお兄さんの方だよね」

「うん。そうだよ」

「…………あのさ。うちの兄ちゃん、星野兄弟と同じクラスなんだけどさ。ソラ先輩って……同じクラスの青井先輩と付き合ってるんじゃないの?」


 ありえない言葉が聞こえて、芽衣は聞き返した。


「……は?」

「だって、二人は幼なじみで、入学したときからお揃いのペンと手帳使ってるって話だし」


 先輩に恋人がいるんだったら諦めたら? と遠回しに言われている。

 けれど芽衣はそんなことくらいで諦められなかった。


「どうせその幼なじみが勝手にまねっこしてるだけでしょ! 幼なじみだからって、図々しい! ソラ先輩に彼女いますか? ってきいたら、居ないって言ってたもん!」


 芽衣は同じ部活というだけでも、他の子より一歩リードしていると自負していた。

 生まれてから今日まで、親や親戚から可愛いと言われてきたし、普段から身なりに気を使って女子力高めだと思っている。

 その幼なじみが本気でソラを恋愛対象に見ているなら、同じ部活に入るなり何なりするはず。

 つまりライバルになりえない。




 バレンタイン前の土日には、母親に頼み込んで簡易お菓子作りキットを買ってもらい、手作りのクッキーを作ることにした。

 何回も失敗したけれど、バレンタイン当日の朝には渾身のクッキーができた。

 チョコペンで好きですって書いた。

 他にも何人かソラ先輩にチョコを渡しに行く女の子がいたけれど、一番美味しいのは芽衣の手作りクッキーだと自信を持っていた。

 

 

 ホワイトデーのお返しは、手のひらサイズのかわいいマシュマロギフトだった。

 ソラにバレンタインチョコを贈った全員が同じものをもらったらしい。

 つまり、手作りでも評価は他の子と何も変わらない。

 他の子に負けないように、もっとアプローチしないと。と決意を新たにする。


(せめてお弁当を一緒に食べてもっとソラ先輩と仲良くなれたらいいな)


 昼休みに二年一組をのぞくと、教室の窓際で男女六人が机をくっつけてお弁当を食べていた。そのうち二人は星野兄弟だ。遠目ではどちらがどちらかわからない。二人のうち片方が隣に座るショートボブの女子の頭を小突いている。


「おい夏美。弁当より先に菓子を食べるな」

「何言ってんのよリク。甘いものはメインディッシュだよ。ネコちゃんのマカロン、かわいいしおいしー! ありがとうソラ」


 夏美は幸せそうにネコ型のカラフルなマカロンをほおばっている。


「夏美。喜んでくれたのは嬉しいけれど、お弁当入らなくなるよ?」

「入る入る。リクのゼリーも今食べちゃお」



 マカロンを食べ終えたと思ったらフルーツゼリーも食べている。他の女子からも「青井ちゃーん、甘いものがメインディッシュって大丈夫?」なんて言われている。


 気心知れた同級生といるときのソラは、部室にいるときのソラとはぜんぜん違う顔をしていた。


(ソラ先輩、ああいう顔もするんだ)


 ソラ以外知らない先輩だらけのお弁当タイムに入るなんてできるはずもなく、芽衣はいったん撤退した。

 


 やはり接点のある部活で押して押して押しまくるしかない。



 六月に入り、ソラの幼なじみが転校することを知った。


(チャンスじゃん! あたし、今年こそ、その他大勢の後輩から恋人にステップアップするんだ!)



 芽衣は告白大作戦のために、夏祭りの前日、従姉の家へ向かった。


「お姉ちゃん、あたし夏祭で好きな先輩に告白したいの。先輩、毎年このお祭に行くって言ってたから、会いに行くの。浴衣貸して!」

「浴衣? いいわよ。貸してあげる。夏祭りで告白なんて、少女マンガみたいで素敵じゃない。がんばってね、芽衣ちゃん」


 従姉はタンスから可愛らしい浴衣を出した。着付けもしてくれるという。


(これで完璧! ソラ先輩に告白しよう! 今日の星占いは1位、恋愛運二重丸だったし成功するよね!)


 髪を結い上げて化粧もしてもらい、普段の制服姿より、ずっと可愛く見えるはず。


 そして、祭の夜──

 篠原芽衣は、決戦の舞台へと踏み出した。




 星空に憧れて。 END

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