過去も未来も君のとなりで。 feat.夏美
夏美とソラが入籍して二年が過ぎた。
ソラは無事二年の試験も内定を取り、三年からは目標だった天文学科に進んだ。
夏美はマンションから二駅離れたところにある保護猫カフェで働いている。
今日は日曜日。夏美の仕事も休みで、二人でのんびり部屋で過ごしていた。
ソラは夏美を後ろから抱きしめる形でクッションに座る。
夏美は笑ってソラの胸に背を預け、天文学の雑誌を開く。
幼なじみだった頃はこんなことしなかったし、最初は恥ずかしいと言っていた夏美だけど、くっついているととても落ち着く。
ソラもソラで人目がないから思う存分夏美を抱きしめる。
「結婚してからソラはずいぶん甘えん坊になったねぇ」
「こうしてると落ち着くから」
広げた雑誌には日本各地にある観測所や海外の天文台、天体観測のおすすめスポットのことが載っている。
「日本国内だけでもこんなにたくさんあるんだね。ソラは夏になったら研修であちこち行くんでしょ? いいなぁ。私、オーロラを見てみたいかも。空に光のカーテンが浮かぶのきれいだろうなぁ」
「僕もまだ教材の映像でしか見たことないんだ。日本国内でも北海道の稚内や網走あたりで観測できる可能性があるらしい」
「日本でも見れるんだ! いつか一緒に行こうよ」
夏美はオーロラのページを開いて、腕を伸ばし天井にかざしてみる。ソラも夏美の肩越しにオーロラの写真を眺めて笑みを浮かべる。
「こうやって星の話をできるのは嬉しいな」
「ソラくらい専門的な勉強はできないけど、私も星を見るの好きだもの。子どもの頃、よく三人で星まつりの夜に眺めてたでしょ? 昔から、ソラは星の話をするときが一番楽しそうだったよ」
「そう、かな?」
陸上をしているときのリクが一番楽しそうなのと同じように、ソラは星空を見上げているとき本当に幸せそうな顔をする。
夏美はリクに「なんで俺と兄貴を簡単に見分けられるんだ?」と何度か聞かれたことがあったけれど、親しか見ていないような些細な表情を見て違いを感じ取っていた。
他の誰よりも熱心に天文学の先生に星のことをきいて、「いつかここで働きたい!」と嬉しそうに夢を語るソラ。
夏美自身が気づかなかっただけで、もうその頃からずっとソラを見ていた。
「……高校で天文部に入ったときはさ、ほとんどの人は“一番活動が楽そうだから”って理由で天文部にいたんだ。だから、星のこと語り合える人は顧問の先生くらいだった。僕は好きで入ったのに、校則上どこかに所属しないといけないから仕方なくって理由で入部されるのは悲しかったな」
「そっか。料理部もね、半分は入部届けを書いただけの幽霊部員だった。毎回来てくれる人って片手の数より少なくて。毎回参加してくれるのは本当に料理が好きな人だから、一緒に作るのすごく楽しかったよ」
夏美は料理が好きで料理部にいたから、毎回部活のとき三人くらいしか集まらなくて寂しかったのを覚えている。
仕方なくの選択肢でなく、好きを共有したい。
「……ねぇソラ。夜になったら望遠鏡を持って星を見に行こうよ。このあたりでも見られる場所あるよね」
「いいね。そうしようか。今の時期なら肉眼でも春の大三角形を観測できる」
「やった! 夜だしお腹すくと思うからお弁当つくろ。ソラ何を食べたい?」
夏美は本を閉じて斜め上に視線を移す。
「手軽に食べられるほうがいいから、おにぎりがいいな。僕も一緒に作るから早く準備しよっか」
「それなら、小さめの俵おにぎりでいろんな味を用意して、おにぎりパーティーなんていいかも。ワカメご飯とか鮭のおにぎりとか、おかかも美味しいし。昨日お義母さんが村上鮭とコシヒカリ送ってくれたからちょうどいいねぇ」
「母さん本当にいつも食べ物を送ってくれるね。ありがたいけど向こうの家計が心配になるよ」
ソラの母は世話焼きで、二ヶ月に一度は食料が送られてくる。
米に乾物、時には冷蔵便で魚や地元の採れたての野菜。夏美は毎回お礼の手紙を書いて、ささやかな贈り物を返す。
両親はリクのところにも同じように食品を届けているようだから、ソラは親の財布を心配してしまう。
「助けてくれるなら、今は甘えよう。働くようになってから何倍にもして恩返しすればいいんだよ。今は勉強第一でしょ」
「そうだね。本格的に勉強するからには博士課程修了までやれって言われたし。あと七年は勉強しないと」
「へへへ。ソラが天文学博士になるのを、隣で応援するよ」
夏美が冗談めかしていうと、頬にソラの口づけが落ちる。
「うん。これからもずっとそばにいて。それで、オーロラだけじゃなくて世界のあちこちに行って、いろんな星を見よう」
「もちろん。ソラとならどこにだって行くよ」
夢を叶えるまでも、その後も、二人は一緒に歩いていく。
過去も未来も君の隣で。 END
∞8《インフィニティエイト》 ちはやれいめい @reimei_chihaya
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