第30話 ステラの手配書ver1.2
「うわ……ほんとに変わってる……!」
掲示板に貼ってあった手配書を見つけた時、レンは小物が入ったお土産袋を引っ提げながら、大きく目を見開き驚きの声を上げた。
「そうだな」
その姿を横目で見つつ、俺も大きな買い物袋を持ちながら頷く。
だが、やがてレンは怪訝な顔を見せて首を傾げる。
「でもなんか前より微妙じゃない?」
「……そうか?」
「うん。前も似てはいなかったけど、今回は特にひどくない? 髪型とかおかっぱになってるし。
あ、ほら! 『※髪型はイメージです』って書いてある!!
きっと髪を切ったっていう情報しか出回ってなくて、想像で描くしかなかったんだろうねぇ~」
納得するようにレンはうんうんと頷いた。
「ならひとまず当分は安心だな」
「そうだね。いずれ正確な絵に挿げ変わっちゃうだろうけどね。
とにかく姉ちゃんにも伝えてやらないと」
「まぁでも念のためあと1日は外に出さないけどな」
「っていっても本に夢中で出ていく気配はないけどね」
「間違いない」
と会話しながら俺とレンは変わり果てた『ステラ・アルケオ・アトラスの手配書』の前から立ち去った。
ミノス・クレーターの屋敷を出てから、2日が過ぎた。
建都祭が始まるまでへプティオタ・シュタットに滞在することになった俺達だが、もっぱら外に出られるのは俺とレンのみとなった。
その理由は様々ある。
ここら辺を重点的に竜姫が捜索されていることやパーシアスの存在もある。
だが、なによりも大きかったのはステラの手配書が変わったという情報を耳にしたからだ。
手配書から姿を変えるため、長い黄金色の髪を切り落としたステラだったが、そのタイミングがいけなかった。
追われている最中に髪を切ったものだから、それを見ていた賞金稼ぎ達の目に留まり、髪を切ったという情報がすぐに広まってしまったようだ。
当然ちゃ当然だ。
ミノスからその情報を聞いた時には、ウィーも含めて俺達全員が息を呑んだ。
だが、ちょうど新しい手配書が来たばかり。
ミノス自身もその手配書を見ていなかったのが幸いした。
俺とレンは目配せし、慌てつつも冷静を装い、かつ強引に話を打ち切りクレーター邸からの脱出を謀った。
脱出ができた時、無言でレンと互いの手を叩き合ったのは良い思い出だ。
というわけでこれ以上外に出るのは危険と判断して、この街を出るまではステラを宿に軟禁。
見張りにはウィーをつけた。
最初は嫌がると思ったが、これまた意外にもステラは二つ返事で了承した。
それもそのはず。
なぜならへプティオタ・シュタットの出店やミノスのお屋敷で思いの外、大量の収穫があったからだ。
宿に戻った後に、天球から出した学術書や魔道具の山を見て、あんなにもホクホクとした顔をするステラは久しぶりに見た。
この3日で魔道具学を中心に読破すると息巻いていた。
曰く、
『啓蒙的な本。入門的な本。標準的な本。現代的な視点で書かれた本。基礎的な本。古典的名著。歴史的な本。演繹的に整理された本。
新しい分野を学ぶには少なくともこれくらいは読まなきゃね。……それ以外にも少し気になることがあるし』
とのことらしく、ステラは自ら宿に缶詰となった。
俺達が何か言わなくても当分は出てこないだろう。
とはいえ、あの変わり果てて似ても似つかなくなった手配書であれば、もう出ても問題はなさそうだけどな。
そういうわけで今日も買い出し。
意外にもレンも率先して買い出しに付き合ってくれる。
ぶうぶうと文句を垂れると思ったが、へプティオタの観光自体が楽しいようで、今日もこっそり何かしら露店で買っていたみたいだ。
――散々無駄遣いするな、と文句を言っていた癖にな。
「ところで兄ちゃんは姉ちゃんのことをどう思ってるんだ?」
「はぁ!?」
いきなり突拍子もないことを聞いてきたな。
「なんだよ。急に?」
「いやぁ? 別にぃ。なんとなく」
「……? ただの腐れ縁だ。それ以上でもそれ以外でもない」
「ふーん。じゃあ踊り子の姉ちゃんはどうなの?」
「? なんでアリアが出てくるんだよ」
「別にぃ。ただなんとなく兄ちゃん。踊り子の姉ちゃんを気に入ってそうだったからさぁ。
――お、噂をすれば……」
と何かに気がついたようにレンは指差した。
その方向を見ると、へプティオタの街の中央にある大通りでパレードが行われていた。
建都祭の前日祭として楽器隊や踊り子達が列をなし、人々の歓声と熱気ある音楽が心地良く混ざり合っていた。
その中で巨大な無翼の竜に轢かれたフロート車の上で、建都祭のメインとなる『奇跡の少女』が立っていた。
元気ハツラツとしていて、爛々とした目でフロート車の柵に乗り出し笑みを振り撒き、手を振っていた。
「おい。アリア様だ!」
「あ、アリア様〜!!」
「建都祭の踊り、楽しみにしてるぞー!」
「踊り、絶対に観に行きます!」
そのアリアの笑顔に反応して、街行く人達も楽しげに声を上げる。
「すげぇな……」
「まぁ不治の病なんて言われた〝竜の呪い〟に勝った人だからね。
存在自体が希望なんじゃない?
しかも美人だし明るいし……おっぱいもでっかいし」
半ば放心状態でそのフロート車を観る俺に対して、レンは冷めた目でそのパレードを見る。
だがすぐに俺の方をちらっと見ると、
「で? やっぱり踊り子の姉ちゃんのほうがいい?」
「…………はぁ?」
ただパレードを見ていただけなのに、なんでその質問が出てくるんだ?
「だって今だってずっと踊り子の姉ちゃんのこと、見てたじゃないか?
こんな観察するように女の人をじっとり観る兄ちゃん、初めて見たよ」
どうやらレンにあらぬ誤解を持たれてしまったようだ。
「いや。違う。誤解だ」
「どうだか。兄ちゃんも意外とムッツリだからなぁ。
踊り子の姉ちゃんのあの揺れるおっぱいを楽しんでたんじゃないの?」
「だから違うって。俺が見てたのはあっち。イレーネさんの方だよ!」
と俺はアリアの横で立っているイレーネを指差した。
「あぁ。あのメイド姿の護衛の? そっちの方がタイプってこと?」
「そういう意味じゃねえって! 俺が見てたのは彼女の立ち居振る舞い!」
「立ち居振る舞い?」
訝しげに復唱するレンに俺は「あぁ」と頷く。
「レンもよく見ろ。
ただ立っているように見えるけど、アリアの側から全く離れようとしていない。
それにアリアが落ちないようにさりげなくサポートもしているし、何より隙がない」
「そう? ただ何もしないで立っているように見えるけど」
「いや。あれが護るのに一番自然体なんだ。
例え狙撃されてもアリアに傷ひとつ負わせられないだろうな」
そしてあの立ち居振る舞いには覚えがあった。
俺の亡き叔父――ボルト・ストークもあんな風に王弟殿下を護っていたのだ。
さりげなくなのに隙がないその振舞いは、子供ながらに〝かっこいい〟と思ってしまった。
王弟殿下と叔父のふたりで馬に乗り、笑い合いながら行進する姿を今でも思い出す。
そんな叔父を思わせる護り方を今まさにイレーネがしていた。
「ふーん……なんかよくわからないや。
同業じゃないと見えない世界なんかな?」
「……珍しいな。レンはもっと茶化してくると思ったぞ」
「あのね。あたしだって真面目なことを言う時はあるんだよ」
と興が削がれたようにレンはジト目で俺を見てため息を吐く。
「まぁいいや。兄ちゃんは兄ちゃんだしね。
そろそろ姉ちゃんのところ戻ろうか」
「おい待て。俺は俺っていったいどういう意味だ?」
「知りませーん……なんでもないでーす!」
そう言うとレンは持っていた袋を腕にかけ、耳を塞いで宿の方へ足早に向かう。
(なんだ? あいつ……?)
俺は眉間に皺を寄せ首を傾げるが、やがて小さく息を吐き、
「おい。待てよ。レン!」
とその背を追いかけた。
★★★
宿に戻ると、レンは真っ青な顔して持っていたお土産袋をゴトッと落とした。
いつもだったら、
「あぁ〜! ウィ〜〜〜! ただいま〜」
と満面の笑みを浮かべてウィーの元に駆け寄り、その白い竜毛をもふり始めるというのに。
「――――ね、姉ちゃんが本を読んでいないだって……!?」
得体の知れない不審者に悲鳴をあげるが如く、レンはステラに向かって叫び声を上げた。
「……! あ。おかえり〜。レン。ダン」
そこでようやく俺達が帰ってきたことに気がついたようだ。
ステラはベッドの上で何冊もの本を広げ周りに置き、その中央で本も読まずに鎮座していた。
かなり頭を使っていたのか、ポヤポヤとした虚な目になっていた。
「『おかえり』じゃないよ!
本も読まずにどうしちゃったの!?
いつもだったら例え全部読み終わったとしても、また一から読み返しちゃう活字中毒者なはずなのに!」
慌てたようにレンはステラの方に近づき、額に手を当てる。
「……熱はないみたいだね。じゃあいったいなんで?」
とブツブツと言っているレンを横目に見て、俺は薄らと笑った。
「フッ……まだまだ甘いな、レン」
確かにある程度ステラを知っている人ならば、異常な光景だ、と思っても仕方ない。
だが――それはまだステラの本質を理解していない証拠だ。
「ステラは別に活字中毒者ってわけじゃない。
ただ本という道具が便利なだけであって、思考できるものがあれば何でもいいんだ。
だから、そうだな……言うならば――思考中毒者ってやつだ!」
寝る時以外はずっと考え事をしてるか勉強してるからな。
ステラを表現する言葉としてはぴったりだ。
だがステラはその説明に不服そうで、眉を顰めている。
「思考中毒って……まるで私を変人扱いして。
私はただ色々考えたいことがあるだけであって……」
「知的好奇心が爆発してるのは事実だろ?
で、何を考えていたんだ?」
「もう……」
俺の言葉に諦めたようにステラはため息を吐くと、すぐに碧色の瞳をこっちに向けてきた。
「アリアのことだよ」
「アリア?」
――その夜。
宿の窓から外を眺めていると、フードを被りひとりでこそこそとどこかへ行く青髪の少女を見かけた――。
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