第29話 ミノス・クレーターは豪快に笑う
「ガハガハガハ! そうかそうか!
やはりパーシアスが来ておったか!」
陽気に笑うその男は自ら割れた窓に板を貼っていく。
「書状を書いておいて正解だった!
アリアの危害を禁ずる条例を提案したのはイレーネなんだぞ!
なぁ! イレーネ!」
「それよりもミノス様。笑っていないで早く窓の応急処置を」
「今やっとるわい! ガハガハガハ!」
イレーネの苦言も笑い飛ばし、ひたすら金槌を打つ男はとても辺境伯には見えない。
白髪混じりの短髪で筋骨隆々とした巨体。
むしろ年季の入った軍人とか警団員とかに近い。
というよりもあんな姿でも辺境伯だぞ。
よくイレーネも辺境伯相手に強気に出られるな。
「大方、エルコレから輸入した最新式の『魔道兵器』を試していたのでしょう。自業自得です」
「その通り! イレーネには敵わんなぁ!!
だが、威力の調整も出来なんだ。
ここまで吹っ飛んでしまったわい!!」
いや、これはミノス自身の性格の問題か。
イレーネの冷たい態度も大らかに受け止め、破壊した窓を自ら処置している。
通常の領主や王族だったら、誰か従者にやらせるだろう。
「それで? お前達がアリアを助けてくれたのか?
感謝するぞ」
ミノスは振り返り、俺達を見る。
口周りに白い髭を蓄え、快活で豪快な性格がその初老の顔に現れていた。
そんなミノスにステラは笑みを浮かべて首を振った。
「いえいえ〜。成り行きですから」
「とにかく礼を言う! えっと……? 名前はなんと言うんだ?」
「ステ……」
「――ステファンだよ! この姉ちゃんの名前はステファンっていうんだ」
ステラがまた本名を言おうとするものだから、慌ててレンが遮ってくれる。
全くもう少し警戒心を持ってくれないか。
次はないぞ、とステラを睨むと悪びれもせずにステラは舌を出す。
そんなステラをミノスは顎をさすりながらまじまじと眺め首を傾げている。
「ステファン? ほぅ。珍しい名前だのぅ」
珍しい? よくいる名前だとは思うが。
この辺では聞かない名前なのだろうか。
「名前を間違えちゃいないかい? おチビちゃん?」
そう言ってミノスはステラのことを紹介したレンの方を見る。
そこまで疑うとは……。まさかバレたのか?
「本当だよ。あたしが姉ちゃんの名前、間違えるわけないじゃん!
ってかおチビちゃんって失礼だなぁ……あたしにはレンって名前があるんだよ!」
「おぉ! そうか!! レディーに失礼だったなぁ!! すまないすまない!」
だが、杞憂だったみたいだ。
レンが憤慨したように睨みつけると、ミノスは豪快に笑い謝罪する。
(ってかレンは本名で言うんかい……)
と内心ハラハラとしたのは内緒だ。
ミノスは満足そうな顔で威勢のいい少女を見ると、
「レンか……いい名前だな。
じゃあその隣のお前は誰だ?」
と今度はこちらに顔を向けてきた。
「俺ですか? 俺は……」
さて何て言おうか。
ステラ程ではないが、俺も追われている身だ。
ダン・ストークという名前を聞けば、もしかしたら芋づる式でステラのこともバレてしまうかもしれない。
であれば、俺も偽名を使うことに越したことはない。
「ボルツだ」
「――! それって……!」
その名前を発した時、驚いたようにステラがこっちを振り向く。
そんな過剰に反応しないでくれ。ただ名前を言っただけじゃないか。
偽名を使っていることがバレてしまう。
だが驚く気持ちもわかる。
何故ならこの名前はかつて
「そうか。ボルツか……いい名前だ」
そんな俺の偽名を聞いたミノスはニヤリと笑みを浮かべた。
対するイレーネも「……ボルツ……」とぽつりと溢し、一瞬遠い目をしたような気がしたが、杞憂だった。
俺がイレーネの方に目を向けると、元の冷静な表情に戻っていた。
「ところでお前達は見たところ、ここら辺の人間じゃないように見受けるが、我が都市にいるということはエルコレに向かうのか?」
「えぇ。その通りです」
ミノスの質問にステラは軽く頷く。
するとミノスは怪しげに口角を上げると、
「そうか。だが残念だったな。エルコレには行けないぞ」
「!! ――それってどういうことだ?」
俺は目を丸くして聞き返す。
「ボレアリス騎士団からお達しがあってな。
竜姫っていう賞金首がボレアリスの西側に出没しているとの情報が入ったらしい」
清々しいまでにハキハキと言うミノスのその説明に俺はゴクリと唾を呑む。
やはりここに連れてこられたのは罠だったか?
「エルコレに逃げられたりしたら手が出せなくなる。
だからちょうど一週間前から関所が封じられているんだ」
(……そしてここで見つけたから捕まえるって腹か?)
俺はこっそりと警戒を強め、左腕に力を込めた。
「おい。ボルツ!」
「――――ッ!!」
そして、急にミノスが俺の偽名を叫ぶものだから、思わず左腕を前に出し構えた。
だが、ミノスは不思議そうに首を傾げ、俺を見るだけ。
側にいる従者にも敵意も殺意も何も感じられなかった。
「な~にをそんな怖い顔をしとるんだ? 犯罪者でもあるまいに」
(…………?)
どういうことだ。もしかして本当に気付いていない?
左腕を構えたまま、わけがわからずミノスをただぽかんと見るが、
「すみません! 辺境伯様!」
「――イッ!!」
と急にレンが俺の足を思いっきり踏みつける。
「この兄ちゃん。少し野生の猫みたいなところがあって。
警戒心が人一倍、強いんです! 急に名前を叫ばれてびっくりしたみたいです」
(……誰が猫だ!?)
「ガハガハガハ! そいつは悪かった! そうかそうか。猫か! 可愛いじゃないか!」
レンの説明を聞いて、ミノスが豪快に笑っている。
不本意だが、俺達の素性がバレたわけではないらいい。
「とにかく竜姫が捕まるまではエルコレに行くことは不可能だ!」
とりあえずまだミノス達に俺達の素性がバレていないことに安心した。
そうか。エルコレ帝国への関所は封じられてしまったか。
勇者の末裔――パーシアスがこの街にいたのももしかして俺達を捜していたからか?
だったら急いでこの街から離れた方が良いだろう。
確か以前レンが「関所の近くに抜け道がある」と話していた。
すぐにでもレンに案内させてエルコレに逃げた方がよさそうだ。
ボロが出る前にミノスとの話はもう打ち切ってしまおう。
「あ、じゃあ――」
「ついでに密入国者が使ってるっていう噂の抜け道も調査してな。
全部塞いでやったわい! ガハガハガハガハ!!」
(……なんだって!!??)
こっそりとレンを見ると青ざめて口をあんぐりと開けていた。
まさに想定外といった様子だ。
これではもうエルコレに逃げることも叶わない。
ミノスとの話を打ち切るどころではなくなった。
何かしら情報を得るかや逃げる算段を掴んでおかないと、街を離れるにしてもジリ貧だ。
そのことは彼女――ステラも考えていたようだ。
「それでは私……いえ、〝竜姫〟ステラが捕まるまでは流通も滞ってしまいます」
ステラが一歩前に出て、碧い瞳をミノスに向けた。
「それはボレアリスにとっても大きな痛手ではありませんか?」
「察しがいいのぉ。その通り!
貿易に頼っているボレアリスにとっては大ダメージだ。
うちの商工会からも反対意見が相次いだものだ。
だからあと3日じゃ!」
ミノスは膝を叩いて豪語する。
「3日後。我が都市で建都祭が執り行われる。
城塞都市へプティオタ・シュタットが建設された日を祝う祭りだ!
エルコレからも多くの来賓が来るからの。
その時には関所の封鎖も取りやめるようにワシが進言した!」
ガハガハガハ、と豪快に笑うミノス。
きっとボレアリス騎士団も渋い顔をしただろう。
だが、俺達にとっては好都合だ。
となると、3日後まで隠れ潜むことができれば、エルコレに行くことが出来るというわけか。
エルコレに行ったとしても追われる日々は変わらないだろうが、
ステラもレンも同じことを考えていたようで、レンに至ってはわかりやすく安心したように息を吐いていた。
「その建都祭だが、このアリアも参加するんだ。奇跡の少女としてな」
とミノスはアリアを指差した。
振り向くと、アリアは恥ずかしそうに頭を掻き、
「えへへ~……お恥ずかしながら。
そんな大した人間ではないけど、ミノス様のお屋敷のお庭に出来るメインステージで躍らせてもらうよ」
と照れ笑いを浮かべた。
ミノスはその光景に満足そうに頷くと、
「というわけで建都祭、楽しみにしておいてくれ!!」
豪快に笑った。
――こうして俺達は3日間の滞在を強制された。
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