23話 夢の世界
※
一方、誠はまだSQタワーの中にすら入れていなかった。
というのも、
「ここから先には行かせねぇ!」
「ぬらりひょん様の元には近づかせないよ!」
「通りたければ我らを倒していくのだな」
右から人型の牛、蜂、蛸の妖魔が誠の行く手を阻んでいた。
「困ったなぁ」
こんなところで足止めを食らっている場合じゃない。一刻も早く倒したいところなのだが、この三体が意外に強く、誠は苦戦を強いられていた。
とはいえ、誠が全力を出せば勝てない相手ではないのだが、
(うーん、これ以上霊力を消費するのもなぁ)
誠は恐怖はないが馬鹿ではない。後のことも考えられる。だがら、ここはなるべく省エネで行きたいところだった。
「ま、言ってる場合じゃないか」
ここで道草食ってる方のが何よりの無駄だ。そう判断し、誠は気持ちを切り替え、「よーし」と霊力を解放しようとした瞬間だった。
ダン! ダン! ダン! と三回銃声がしたのと同時に現れた光弾が、妖魔たちの顔面を消し炭にした。
「今のは……」
光弾の発生源の方を見ると、
「無事かい? 誠君」
「あ、橋渡さん」
直属の上司が立っていた。その両手にはシルバー柄のハンドガンが握られている。
「おー、二丁拳銃だ。カッケェ!」
「ハハハ、ありがとう。どうやら大丈夫そうだね」
通常運転の部下を見て、橋渡は苦笑する。
「それより、綾音を見なかったかい?」
「水蓮寺さん? 見てないですけど……」
「そうか。てことは、もう……。――はぁ、あれだけ独断専行はダメだって言ったのに」
「? どうしたんですか?」
「……いや、今日の戦い、綾音が暴走する可能性が高かったから、僕の側に置いて、無茶しないように見張ってたんだけどさ。ぬらりひょんを見つけた途端、案の定こっちの制止も聞かずに行っちゃってね」
「あー、成程」
消沈する橋渡の様子で誠も察した。恐らく、誰よりも先にかの大妖魔の元に一人で行ってしまったのだろう。
「俺が言えることじゃないっスけど、実は水蓮寺さんも問題児ですよね」
「うん、二人とももう少し周りに気を遣って欲しいかな」
疲労が溜まっているのか、いつになく橋渡が厳しかった。でも、誠は気にしない。
「で、どうします?」
「そうだね。本当は今すぐにでも綾音を追いたいところなんだけど、僕はここの指揮を取らなきゃいけないからさ」
「じゃあ、代わりに俺が行ってきますね。最初からそのつもりでしたし」
「申し訳ないけど任せるよ。僕もこっちを片付けたらすぐに行くから。――だから」
橋渡はたっぷり間を取って、懇願するように、
「二人とも死なないでくれよ」
と、口にする。
「分かりました、善処します!」
上司命令にピシッと敬礼して、誠はタワーの中に入っていく。
「ここは、もちろんですって言って欲しいかったなぁ」
背後からそんな声が聞こえてきたが、誠はやっぱり気にしなかった。
※
そして、誠はSQタワーの屋上に辿り着いた。屋上までの移動手段はもちろんエレベーターである。罠が仕掛けられていたら密室のエレベーターだと詰むのだが、時間が勿体なかったのと、お得意の「そん時はそん時」精神で、迷わずエレベーターを使用した。
結果的になんの罠も仕掛けられておらず、体力を温存できたので、誠の判断は間違っていなかったと言える。
展望デッキに出て、駆け足で階段を登り、ヘリポートのある屋上まで行く。
「や、待ってたよ」
ヘリポートの中心に、その男――ぬらりひょんは立っていた。銀髪を風で揺らす彼の足元には誰か倒れていて、艶のある黒髪が特徴的なその女性は、まごうことなき水蓮寺綾音だった。
「ああ、『これ』かい?」
乱雑に、壊れた道具を持つみたいにぬらりひょんは彼女の首根っこを掴んだ。
「逃げるチャンスを与えたにも関わらず、愚かにも向かってきてね。少しお仕置きをしたんだ。もう要らないから返すよ」
と言って、ぬらりひょんは綾音を放り投げた。
「とっ」
それを誠がキャッチする。
「お、良かった生きてる」
呼吸をしているし、体温もある。正直、倒れている段階で最悪を想定していたので、これは僥倖だった。しかし、同時に疑問も湧く。
「水蓮寺さんに何をしたんですか?」
あんなに雑に放り投げられたのに、目を覚ます兆しすらない。人体的に不自然だ。
「ん? ああ、そのことか。まぁ、普通に殺しても良かったんだけどね。だけど、それだとあまりにその娘が哀れだろう。だから、夢を見せてあげることにした」
「夢?」
「そう、夢だ。彼女は夢の中にいるよ」
※
パチ、と水蓮寺綾音は目を覚ました。
(あれ、ここは……)
一体どこなのか。頭が朦朧としている。視界がピンぼけしている。
(私、何をして)
思い出せない。とても大事なことを忘れている気がする。
「どしたの? ぼーとしちゃって」
綾音が頭を抱えていたら、横からにゅっと顔が入ってきた。その人物の顔を見て、不安定だった視界が唐突に晴れた。
「お、お姉ちゃん!?」
「うん、お姉ちゃんだよ」
姉が、水蓮寺楓がそこにはいた。
「もう、どうしちゃったの? 『死人』でも見た顔して。早く食べないと朝ご飯冷めちゃうよ」
「え、あっ、うん」
言われて、ここが産まれてからずっと住んでいる自宅のリビングで、今が朝食の時間だったことを思い出す。
「確かに様子が変ね。熱でもあるじゃない?」
「ママ……」
キッチンで洗い物をしながら、母が言う。
「何!? 一大事じゃないか! よし、綾音! 今日は学校を休んでパパと病院にアタッ!」
「アナタは仕事に行ってください!」
父が大袈裟に騒いで、それを母がゲンコツで注意する。
「でも、本当に大丈夫?」
母が心配そうに眉を顰めて訊いてくる。
「う、うん! 本当に平気! 熱もないよ!」
「そう……、ならいいんだけど。あんまり無茶しちゃダメよ。しんどくなったらすぐ言うのよ」
「うん、分かった。ありがとう。――あっ、朝ご飯いただくね」
召し上がれ、と母から許可を得て、綾音は朝食に箸を伸ばした。いつも食べているはずのスクランブルエッグなのに、何故だかとても懐かしく感じた。
「ねぇ、綾音。もしかして悪い夢でも見た?」
母の手料理を堪能していると、唐突に楓がそんなことを言った。
「えっ? な、なんで?」
「ん〜、なんとなくそう思っただけ」
綾音が尋ねると、楓は指を顎に当てながら答えた。
「夢……、そっか夢だったんだ」
具体的な内容は覚えていない。でも、とても苦しくて、悲しくて、しんどかったのだけは覚えている。深海の底にいながら、もう存在しない太陽を探すような、果てしなくて終わりのない世界にいた気がする。
「ねぇ、お姉ちゃん。一個だけ訊いてもいい?」
「うん、いいよ。一個どころか一兆個でも訊いて。愛する妹の質問だったら、お姉ちゃんなんでも答えちゃう! で、何々、恋の相談?」
眼を輝かせ、前のめりになる楓。
「何!? 恋だと! ウチの可愛い娘に手を出すとは一体どこの馬の骨だ! 成敗してくイタい!?」
「うるさいですよ」
対角線では、騒がしい父がもう一発母からゲンコツを喰らっていた。それを軽やかにスルーして、綾音は質問する。
「えっと、そうじゃくて。……お姉ちゃんってさ、妖魔って信じる?」
「え? 急にどうしたの? ――『いるわけない』じゃないそんなの」
楓がきっぱり言い切った。
「そう、だよね。うん、そうだよね」
妖魔など『この世界』にいるわけがない。どうしてそんな分かりきった質問をしてしまったのだろう。綾音は急に恥ずかしくなってしまった。
「そんな顔をするな綾音! 大丈夫、父さんは信じているぞ! 妖魔って言うとアレだろ? 幽霊とか妖怪とかUMAとかのことだろ! うんうん、ロマンがあっていいじゃごめんなさい黙るから殴らないで母さん」
謝罪だけえらく早口で父が言う。その姿が情けなくて、ドッ、とリビングが笑い声で包まれた。
(ああ、幸せだなぁ)
家族がいて、一緒に笑い合える。こんな当たり前なことに、ひどく幸福を覚える。
(こんな日常が、ずっと続けばいいのに)
そう願わずにはいられなかった。
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