24話 真の目的
※
「黄金にも勝る極上の夢。それは時にどんな悪夢よりも狡猾に人を絡め取って離さないものだ。どんな夢を観ているかは僕にも分からないが、何があろうとその娘が眼を覚ますことはないというのは断言できる。あとはもう、ひたすら朽ち果てていくだけだ」
淡々とぬらりひょんが告げる。
実際、肩を揺らしても、頬をペチペチ叩いても綾音のまぶたは一向に開かなかった。
「そっかぁ。でも、何があってもは嘘ですよね?」
「ほう、その心は?」
「だって、これって妖術ですよね。多分、精神系の。前に闘った蟲の妖魔も似たようなことしてきましたけど、追い込まれたら解いてましたもん。つまり、――貴方を倒せば水蓮寺さんは目を覚ますってことですよね」
「……へぇ、意外と頭が回るじゃないか」
誠の推理が当たっていたのか、ぬらりひょんは吸い込まれるような怪しい笑みを浮かべた。
「でも、それこそ不可能だろう。君は、ここで僕に殺されるんだから」
「そうっスか? 何事もやってみなくちゃ分かんないもんですよ」
誠は意識のない綾音を屋上の端に寝かせると、ぬらりひょんのいるヘリポートの芝生の上に立って、盾を展開した。
それに伴って、ぬらりひょんも手から空間が歪むほどの妖力を発する。
決戦が始まる。
「あ、その前に訊きたいことがあるんですけどいいですか?」
ことはなく、誠が挙手をする。
「……何かな?」
ぬらりひょんも気が抜けたのか、妖力を消して話を聞く体勢に戻る。
「結局、何が目的で戦争なんて引き起こしたんですか?」
「それは最初に伝えたろう。長きに渡る因縁に決着をつけようと思い至っただけさ」
「いやいや、それ嘘……っていうか建前ですよね?」
「何故そう思うんだい?」
「いや、単純な話、人間を倒したいだけなら、宣戦布告なんかする必要ないじゃないですか」
もし、一切の脈絡なく、一般市民が蔓延る街中で、いきなり今日レベルの総攻撃を仕掛けられていたら、人間サイドに勝ち目はなかった。きっと人類史に刻まれるレベルの大事件になっていたことだろう。
なのに、ぬらりひょんはそれをしなかった。
「しかも、わざわざ一ヶ月もたっぷり準備期間もくれるって、至れり尽くせり過ぎるでしょ。てっきり、妖魔側でも何か作戦を立ててるのかと思ったけどそういうわけでもないし、ここまできたら、何か別の思惑があるって考えちゃいますよ」
しかし、その肝心の目的だけが見えてこない。
「だからって、直接僕に訊いて、ちゃんとした答えが返ってくると思っているのかい?」
「はい、思ってます。だから訊いたんです」
誠は真っ直ぐぬらりひょんを見ながら言った。訊けば答えてくれる。そんな信頼にも似た確信があった。
「…………成程、やっぱり危険だな。僕の目に狂いはなかった」
「? どういう意味ですか?」
「ただの独り言だよ。気にしないでくれ」
苦笑いすると、
「うん。ぶっちゃけると、妖魔と人間の因縁の決着とか、全く興味がないんだよね」
ぬらりひょんはドッキリのネタバラシをするみたいに明るい口調でサラッと白状した。
「今日の争いにおける僕の本当の目的は、『百鬼連盟』の壊滅だよ」
「壊滅? 自分で作った組織なのにですか?」
意味が分からなすぎて、誠は首を横に傾けた。
「ああ。昔は徒党を組めば、それだけで人間たちに対する抑止力になったから作ったんだけどね。最近、とかくこの数十年は、科学霊具なる新しい形の武器の発明と発展によって人間側の一人あたりの平均戦闘能力が大きく上昇した。――羨ましい限りだよ。武器の強化も人員の強化も、良くも悪くも不変である
フッ、と自虐的にぬらりひょんは笑ってみせる。
「少し脱線したね。ともかく、人間側の大幅強化に対して僕たちは変わらなかった。変われなかった。となれば当然、これまで保たれてきたバランスも崩れてくるものだ。無論、僕たちに不利な形でね。――知っているかい? 昔に比べて妖魔の総数は激減しているんだ。主に君たちマイナス課に狩られたせいで」
「あー、なんか似たような話を橋渡さんがしてたようなしてなかったような」
昔から座学は苦手なのでうろ覚えだが、昔はもっと妖魔は身近な存在であったと言っていたことを誠は思い出す。
「これが動物ならば絶滅危惧種として保護でもされるんだろうが、我々妖魔はそうもいかない。人間にとって基本的に害しか無い存在だからね。そして、いつだって真っ先に狩られるのは目立つ存在だ。そういう意味でいくと、かねてより悪名高い『百鬼連盟』という組織は、あまりに目立ちすぎていた。その頭目である僕は尚のこと。――もうここまで言えばなんとなくわかってきたと思うけど、邪魔になってきたんだ。徒党を組むデメリットがメリットを大きく超えてしまったからね」
「だから、壊滅させたいんですか?」
「そうだよ」
自分の組織のくせに、まるで他人事のように語るぬらりひょん。誠はますます分からなくなった。
「えーと、『百鬼連盟』のボスって貴方なんですよね? だったら、今の経緯をみんな集めて説明して、解散すればいいだけじゃないんですか?」
そっちの方が手っ取り早いじゃないかと、誠は伝える。しかし、ぬらりひょんはこれを肩をすくめて首を横に振って否定した。
「それがそう簡単な話じゃないんだよ。組織というのは大きければ大きい程、一枚岩にはなり難いものだ。それは君たち人間も同じだろう?」
確かに、と誠が頷く。きっと、これは人間とか妖魔に限らず、知恵を持った生物の性なのだろう。神も原罪にするわけだ。
「『百鬼連盟』もその例に漏れず、僕の言うことを聞いてくれない者も増えてきてね。直近だと、過去の栄華を忘れられず、白昼堂々人が多い百貨店で暴れる
「あー、なんか、どっちにも心当たりがありますね」
「だろう。――とまぁ、少し長くなったが、そういう理由で、適当なタイミングで『百鬼連盟』は解体する予定だったんだ。だけど、かと言って、ただ棄てるのも勿体無いからね。せめて、人間側の戦力を少しでも削いでくれたら万々歳のつもりで戦争という選択肢を取った。目論見通り、今日『百鬼連盟』は終わりだろうさ。ああ、勿論僕は壊滅を見届けたら、偽物の死体でも作成して、一人逃げさせてもらうつもりだよ」
勝つためではなく負けるための戦争。これが今日の戦いの正体であるとぬらりひょんは告げた。そして、仲間を犠牲に自分だけは生き残るつもり満々であると。
「味方も敵も巻き込んで、めっちゃ自己中な話ですね」
「ハハハ、耳が痛いなぁ」
誠のツッコミに、ぬらりひょんが破顔した。
「しかしね、僕とてこんなにも性急にことを進める気はなかったんだ。これでも『百鬼連盟』に愛着はあるんだよ。少なくとも、あと二年は様子を見る気だった」
「え? じゃあなんで前倒しにしたんですか?」
「決まっている。――君を見つけたからだ」
「俺?」
まさかの自分の登場に、誠は眉を顰めた。冗談かなと思ったが、それにしてはぬらりひょんの顔は大真面目だった。
「ああ、君について僕なりに調べさせてもらったよ。恐怖がなく、生来の霊力使い。まるで、天に僕たち妖魔を殺すためだけに作り出されたような存在。君みたいな人間は時折現れるんだ。そこの水蓮寺綾音の姉もそうだった」
ぬらりひょんの視線が奥で眠る綾音を射抜いた。
「きっと、この世界が物語だったならば、君や水蓮寺楓は主人公で、僕はきっと君たちに倒されるためだけに存在するラスボスなのだろうね。――だが、僕は創作物のラスボスのように、主人公の成長を指を咥えて待つつもりはさらさらないんだ。君たちが真に主人公として完成する前に殺す。そのためなら手段を選ぶつもりはないよ」
つまり、まとめると、『百鬼連盟』の壊滅と誠の殺害。この二つを同時達成が、ぬらりひょんが戦争を起こした目的である。
「さて、以上だ。何か他にあるかな?」
「いえ、最後の主人公云々のくだりはよく分かんなかったですけど、知りたいことは知れたんで問題ないです」
誠が知りたかったのはあくまでぬらりひょんの真の目的なので、それについての引っかかりは取れている。
「そうか。では、閑話休題はここまでにしようか」
「そうっスね」
あっさりと二人は会話を終了させて、再度戦闘態勢を取った。
主人公とラスボスの闘いが開幕した。
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