14話 参戦


 ※


 誠は女性陣の存在を認識すると、一旦戦闘を中止して、飼い主を見つけた犬みたいにしゅばばと二人に駆け寄った。


「二人とも生きてたんですね! 途中ですれ違わなかったから死んじゃったのかと思いましたよ!」

「勝手に殺さないで欲しいですわ! ……まぁ、妖魔の幻覚にしてやられてピンチだったのは事実ですし、強く言えませんが……」


 私としたことが不覚でしたわ、とキララが悔しがる。

 そして、キララの他に悔しがっているものがいた。幻蟲である。


「しまった。クソジャリに意識を割きすぎて、小娘たちの方がおざなりになっていたか……!」


 漆黒の体躯をわなわなと震わせる。


「ん? つまり、俺の攻めのお陰ってことですか? ――ほら、やっぱり何事もやってみるもんなんですよ!」

「ぐっ」


 誠が勝ち誇った顔で指差す。結果論でしかないが、幻蟲は言い返すことができずに狼狽える。


「……まぁ良いさ。どの道三人とも殺すつもりだったんだ。少し手間が増えただけさね」


 しかし、それも束の間、落ち着きを取り戻した幻蟲が、ゆらりと三人と向き合う。


「お、バトル再開ですか?」


 ポーズ終了。誠も盾を展開し直して、構える。それに続いて他二人も科学霊具を展開する。


「二人とも気を付けてくださいね。あの妖魔めっちゃ硬い上に、攻撃の破壊力抜群なんで」


 珍しく誠が忠告する。意外にもキララは「では、迂闊に飛び込まない方が良さそうですわね」と受け入れてくれたのだが、


「関係ありません」


 綾音が単身飛び出した。刀を低く構え、幻蟲に向かっていく。


「アレ? なんか怒ってる?」


 さっきから反応が薄くて様子が変だと思ってはいだが、どうやらブチギレていらっしゃるようだった。一体、どんな幻覚を見せられたのだろうか。


「まずはお前だね小娘!!」


 幻蟲が叩き潰そうと、前脚を袈裟斬りの方向で振り下ろした。対して、綾音が選択したのは回避でもましてや防御でもなく、迎撃だった。


「あ、ちょっとマズいかも」


 誠の体感的に、幻蟲の外骨格は以前闘った焱獄鳥よりも硬い。いくら綾音の剣技であっても斬れない可能性が高い。


 漆黒の脚と黄金の刀が交差する。


 そして、


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 幻蟲の甲高い絶叫が響いた。そう、誠の予想を覆して、綾音が幻蟲の脚を斬り飛ばしたのだ。


「おお! すげぇ!」


 先輩の勇姿に素直に感動しながらも、「でも、どうやって?」と疑問符を浮かべた。別に綾音の実力を過小評価していたわけでもない。ならば、怒りで覚醒したかと言えば、これも違う。彼女はあくまでも普段通りの実力で、あの硬い脚を両断して見せたのだ。


 誠は斬り飛ばされて、木陰に落ちた脚を観察する。


「ああ、成程」


 それで気付いた。幻蟲が斬られたのは、人間で言うところの肘の部分。関節の辺りである。つまりは、


「関節周りは他より脆いのか」


 そこは普通の虫たちと変わらないらしい。そして、綾音はその弱点を一目で見抜いていたのだ。


「よくも、よくもアタシの麗しの脚を! このアバズレが!!」


 怒り心頭の幻蟲が、反対側の脚で襲いかかった。


「させないッスよ!」


 今度は誠が割って入って盾で防いだ。脚を一本失った影響か、さっきまでの力はなく、後ずさりこそすれど、吹き飛ばされずには済んだ。


「邪魔しないでください」

「えー、ナイスアシストだと思ったんですけど」


 助太刀したにも関わらず、綾音に文句を言われてしまう。


「全く、協調性のない女ですわね」


 ため息と共に吐き出された声は、上空から聞こえた。


 見上げると、ちょうど幻蟲の真上に、スカートを翻して跳んでいるキララがいた。


「お陰でこの私が出遅れてしまったではありませんか!」


 キララを槍の穂を幻蟲に向け、


「とくと代々受け継がれてきた鳳蔵院流の槍術を拝謁なさい! ――奈落落とし!」


 瞬間、キララが加速し、槍が幻蟲の背中に直撃した。


 落雷が起きたのかと思った。それ程の轟音と衝撃が巻き起こる。


「ガアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 バキバキバキバキ、と幻蟲の強固な外骨格がひび割れて、本日二度目の絶叫が境内を駆け回り、ドスンと土埃を撒き散らしながら幻蟲が倒れた。

 悶え苦しむ幻蟲を他所に、キララは軽やかに二人の元に体操選手のようなピンとした姿勢で着地した。


「おお!」


 綾音のように弱点を突くのではなく、純粋な破壊力で幻蟲の硬度を上回った彼女の勇姿に、誠が拍手する。気分を良くしたのか、キララはふふんとドヤ顔で髪を払った。


 奈落落とし。槍使いの家系である鳳蔵院家によって考案・開発された技の一つで、内容はシンプルに上空から槍で突き穿つというものだ。

 しかし、キララのそれは少し違っていた。


「なんか空中で加速してましたよね。なんですかあれ?」


 人間は独力で空中じゃ加速できない。何か仕掛けがあるはずだ。


「フフフ、よくぞ訊いてくれました! この槍は、私の二十歳の誕生日にアキラ姉様が贈ってくれたもので、霊力を込めると石突――後端の部分が加速装置になる機能が付いているんですの!」


 頬を染め、愛おしそうにキララは槍を抱きしめる。


「えー、ズルい! 俺もやって欲しい!」

「アキラさんなら、頼めばやってくれると思いますが、盾の性質上必要ないと判断したんでしょう」

「水蓮寺さんはしないんですか?」

「必要ありません。余計な装飾は、腕を落とすだけですから。特定の武器がないと実力が発揮できないのは本末転倒です」


 どこか棘がある言い方で綾音が言った。当然、自称永遠のライバルはそれに反応する。


「あら、負け惜しみはみっともないことよ水蓮寺綾音」

「……はい? 言ってる意味が分からないんですが?」

「だってそうでしょう? 貴女は弱点を付いて初めてダメージを与えられたのに、私は真正面からダメージを与えたんですもの。しかも、その総量も私の方が上みたいですし」

「はぁ? 脳だけじゃなくて眼まで腐ったんですか? 肉体の欠損の方がダメージは大きいに決まっているでしょ」


 どちらも譲らずに睨み合う。美女二人の喧嘩は中々迫力があったが、誠はそれを「仲良しだなー」と無責任に思いながら見ていた。

 すると、


「テ、テメェら……!」


 脚が一本無くなり、背中がひび割れている幻蟲がのっそり起き上がった。


「勝った気になるじゃないよ!!」


 怒りそのままに残った前脚を全員まとめて仕留めようと横に大きく振るった。それを三人は危なげなく後ろに跳んで躱わした。


「ほら、貴女の一撃が効いてないからこういうことになるんです」

「それを言うなら貴女もでしょう。人に全責任を擦り付けないで欲しいですわ」


「……まぁ、いいです。この妖魔は私が斬りますから今度こそ邪魔しないでください」

「ふざけないで下さいまし。言っておきますけど、この妖魔に向っ腹が立っているのは私も同じ。手柄は譲りませんことよ」


「……なら、早いもの勝ちで」

「いいでしょう。受けて立ちますわ」


 妥協点を見つけて二人は幻蟲に立ち向かっていく。


 そんな彼女たちに誠は一言。


「うーん、絶対に連携した方が早いんだけどなー」

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