第6話

キャロメティアはカリンの後ろに着いていく形で、地下水道を移動していく。


思えば、この水がどこへ流れているかなど気にしたことがなかった。

この水の流れの先に外へと通じる出口があるのだと、カリンは言っていた。

本当にそんなものがあるのだろうか。


キャロメティアにとって、外の光が射し込む場所は寝泊まりしている部屋の階段だけだ。


地下水道を右に左に歩いていくが、どこまで行っても石壁に緑の苔と紫のキノコが生えた見慣れた風景が続いている。

キャロメティアよりもカリンの歩幅は小さく、移動には時間がかかっている。

いや、時間がかかっている理由は、歩幅よりも分かれ道が来るたびにカリンが立ち止まって何かをしている事の方が大きい。


「なにしてるの?」


キャロメティアは尋ねた。

別に急いでいるわけでもないので、時間がかかるのは構わないが、単純になにをやっているのか気になった。


「目印を付けてるのよ!」


キャロメティアの問いに意気揚々と答えながら、カリンはどこからか取り出したナイフで壁を削っていた。


「覚えれば良くない?」


わざわざいちいち目印など付けなくとも、歩いてきたのだから、そんなにすぐに道を忘れることもない。

意味のないカリンの行動にキャロメティアは首を傾げる。


「……覚えてるの?」


キャロメティアの返答に今度はカリンが首を傾げてみせる。

たった今歩いてきたのだから、そんなにすぐに分からなくなることはない。


「歩いてきたばっかりだよ?」


キャロメティアは言いながら、カリンを見つめる。


歩いてきた道を覚えていなければ、部屋に戻ることが出来ない。

確かに目印を付けておけば、道を覚えなくても部屋に戻ることが出来るが、

わざわざ時間をかけて目印を付けるよりも覚えてしまった方が楽だろう。


「……そう。」


カリンは、何かを考えこむように俯きながら返事をすると、それから黙った。


結局、カリンは目印を付ける作業をやめることはなかったが、キャロメティアも別にそれを咎めることもしなかった。


しばらく、歩き続けていると、不意にキャロメティアの耳に聞いたことのない音が聞こえだした。

ゴウゴウという響くような音。

音は水の流れる先、つまり、向かっているところからしているものだと思われた。


カリンは気づいていないのか、警戒することもなく進んでいく。


キャロメティアは、念のためにカリンとの距離を縮め、いつでも動けるように警戒する。

そして、角を曲がった瞬間、遠くに鉄格子に遮られた光の扉が現れた。


キャロメティアは鼓動が高鳴るのを感じた。


あれは、外の光だ。


キャロメティアは、逸る気持ちを抑えるようにゆっくりと光の扉へと近づいていく。

光の扉の目の前まで来ると、鉄格子越しに外の景色が広がっていた。


鉄格子の向こう側は、渓谷になっている。

鉄格子のすぐ先は、断崖絶壁になっており、床を流れる水が崖にぶつかりながら落下し、川に合流している。

川の向こう岸は森になっていて、更に奥には緑の山々が見える。

そして、青い空がどこまでも、どこまでも広がっている。


青い。


キャロメティアは、空を吸い寄せられるように見つめていた。


赤くない空。

ここからなら、もしかしたら本当に外へ出られるのかもしれない。


「キャロメティア?」


カリンがこちらを窺うように名前を呼ぶ。

名前を呼ばれたが、キャロメティアは空から目が離せない。


「……外に出られるの?」


キャロメティアは思わず疑問を口にした。

これはカリンに問いかけたというよりも自問した方が正しい。

かつて脱走したときは、真っ赤な世界だった。

いや、冷静に考えれば、色など大した問題ではないのかもしれない。

ここから出ることが出来るのであれば、少なくとも衛兵たちに包囲されることはない。


「この鉄格子を何とかしないといけないし、崖もあるからまだ難しい……けど! なんとかするわ!」


問いかけられたと思ったのか、カリンが答える。

前半は小声になっていたが、最後は力強く宣言している。


そうだ。鉄格子がある。

それに、この鉄格子には部屋にあるもののように扉がついていない。


キャロメティアは力を込めて鉄格子を引っ張ってみるが、びくともしない。


「そのうち迎えが来るはずだから、一旦、屋敷に戻って道具を持って来ますわ」


カリンがそう続けて言う。


「迎え? 戻るって? 外に出られるの?」


キャロメティアはそもそもなぜカリンがここに送られたのか知らない。

今まで追及しなかったのは、他人の素性を詮索しないというのは、奴隷たちの暗黙の了解であり、仲間からの教えだったからだ。

そのため、初めて見たときから、奴隷ではないとは思っていたが、何なのかは未だに分かっていなかった。


迎えが来て、屋敷というところに戻れるらしい。

それならば、そもそも脱出自体が必要ないように思える。


「……わたしだけならこんな街、いつでも外に出られるのよ。ただ、魔物の多い外では一人では生きていけない。」


カリンが淡々と語った。


本当に迎えが来るのなら、いつでも外に出られるというのは嘘じゃないだろう。

いや、奴隷落ちしたことを認められず、おかしな言動をする人間もいるという話は聞いたことがあった気がする。

身分の高い人ほど、おかしくなってしまうとか。


「利用するようで悪いけど、でも、代わりにここよりもいい暮らしは約束するわ!」


カリンが高らか宣言した。


大丈夫だろうか?

キャロメティアは大きく不安に駆られる。


「美味しい食べ物の知識なら自信があるのよ?」


キャロメティアの不安を知ってか知らずか、カリンは胸を張って主張した。


カリンはおかしくなっているのか。

いや、少なくとも宣言通りに出口を見つけることが出来ている。


カリンの言うことが本当なのだとしたら、ここから脱出できるのかもしれない。

カリンがおかしくなっているのだとしても、この出口を活用することは可能だろう。


それなりに信用してもいいのかもしれない。


そう思いながらも、キャロメティアは来た道の壁に生えている苔に視線を向ける。


「……それは、その、でも、あの、強力な魔物の知識とかもあるわ?」


キャロメティアの視線に気付いたカリンが、しどろもどろになりながら、言い訳を口にする。

その様子を見ながら、キャロメティアは思う。


知識は役に立たないだろう。

でも、道具を本当に用意できるのなら、協力するべきだ。

仮に道具を用意できないとしても、出口を見つけてくれたのだし、一緒に脱走するのは問題ないだろう。

キャロメティアが成人すれば、鉄格子程度はどうにでもなる。


「いいよ、分かった。 ここから脱出するなら協力する。」


キャロメティアは、カリンがおかしくなっていてもいなくても、いずれはここから脱走できると確信した。

そんなキャロメティアの返事に満足したのか、カリンはとびっきりの笑顔で喜んでいた。

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