第7話

地下水道、ひいては街からの脱出口を見つけて、キャロメティアから信用を勝ち得た後。

カリンは、寝床にしている部屋に戻って、キャロメティアとしばらく雑談していた。


そして、日が暮れる前に衛兵が訪れたため、カリンは馬車で屋敷へと戻った。


屋敷に着くと、すぐに応接室へと年老いたメイドに案内される。


応接室は、絢爛豪華な家具で満たされており、地下水道の何もない部屋とは対称的だ。

豪華なソファに優雅に腰かけた義母は、カリンをニヤニヤしながら見ている。

居心地の悪さを感じながらも、カリンは義母の対面にある同じように豪華なソファに座る。


「随分と楽しい時間を過ごしていたようね?」


ニマニマと笑いが堪えられない様子の義母が言った。


義母は厭味のつもりで言ったのだろうが、実際に楽しい時間を過ごさせてもらった。

普通の貴族にとっては、奴隷と同じ空間で一晩も過ごすなど、あってはならないことだ。

カリンからしてみれば、街を脱出するための下準備が出来て、とても有意義な時間だったが。

一瞬、義母の発言に同意してやろうかと思ったが、カリンは思い留まる。

大鬼族を恐れているという体でいた方が、今後も動きやすいだろう。


そんなカリンの考えを見透かしように義母が続けて言った。


「ようやくお友達が出来たようで嬉しいわ? 学校ではうまく出来なかったようですから。」


どこまで知られているのか。

いや、単純に嫌がらせで言っているだけかもしれない。


学校という貴族の集まりにお前の居場所はなかっただろうと。

奴隷と同じところがお似合いだと、そう言いたいだけだろうか。


いずれにしても、カリンがするべき答えは決まっている。


キャロメティアとの関係が良好であることが知られるのは良くない。

脱出計画までは露見しないとしても、今後、キャロメティアに会うのが難しくなってしまう。

キャロメティアのいる部屋は分かっているため、無理矢理会いに行くことは可能ではある。

しかし、あくまで大鬼族を怖がっているというスタンスでいることで、懲罰として送ってもらった方が楽だろう。


「……お友達ではありませんわ。 食べられないように必死でしたのよ?」


カリンは身震いしてみせる。

そんなカリンの様子を見ながら、義母は、興味なさそうに言う。


「あら? そうだったのね。」


しばらく間を開けて、義母はカリンの様子を窺うように見つめながら続けて言った。


「でも、それなら良かったわ。 あの大鬼族もあと数年で成人するでしょう?」


義母の言葉にカリンは一瞬思考を奪われる。

あと数年で成人するということは、まだ成人していないということだ。

大鬼族は体格に恵まれており、成長が早いということは知っていた。

知っていたのに、実際に目の当たりにしたとき、体格だけで大人だと思って接していた。


カリンは、つくづく本の知識を活用出来ていないことに羞恥を覚える。

しかし、その感情も続く義母の言葉を聞いて一瞬で消し飛んだ。


「その前にどうにかしないといけないから、近々、殺処分することになったそうよ」


「殺処分……?」


思わず聞き返して、カリンは慌てて口を閉じる。


「ええ。 以前の事件がありましたからね。 大鬼族は子供のうちに殺処分することになったそうよ。」


義母は、言いながら、カリンことを蛇が舐め回すように見ている。


「……そうですか」


動揺を悟られないように、平静を装いながらカリンは答えた。


「懲罰としては緩かったかもしれませんが、これで壺の件はいいでしょう。 部屋に戻りなさい。」


カリンの様子に満足したのか、義母から許しが出る。


カリンは、年老いたメイドに案内されながら、久しぶりに自身の部屋へと戻る。


部屋に戻ったカリンは考える。


カリンにとって、キャロメティアという人物は重要だ。

世界を旅するためには、仲間は欠かせない。

それが優秀な仲間であれば、言うことなしだ。

大鬼族の高い身体能力だけでも優秀だというのに、知能も聞いていたよりも遥かに優れている。

何よりも、カリンにとって信頼できる初めて出来た仲間がキャロメティアだ。

しかし、世界を旅する仲間は、キャロメティアでなければならないというわけではない。


大鬼族の奴隷という立場にあるキャロメティアを仲間にする。

そのための脱出計画は、一度しくじれば、二度目はない。

鉄格子を破壊するための魔道具は、宝物庫にあるため、持ち出すことが容易ではない。

その上、盗んでしまえば、いや、盗みに入っただけでもカリンの信用を全て捨てることになる。

脱出計画が成功すれば問題ないが、どこかで失敗した場合、二度と宝物庫には近づけない。

それだけでなく、今でこそほとんどの使用人は味方ではないが、敵でもないという立ち位置だが、それが全て明確に敵となるだろう。

そうなってしまっては、お忍びで街に行くようなことも不可能になり、結果、街からの脱出が困難になる。


キャロメティアを仲間にするために宝物庫から魔道具を盗むのであれば、念入りに計画を立てる必要がある。

現状は確実に準備不足だ。


いつ、キャロメティアの殺処分が行われるのかは分からない。

近々という表現から残されている時間があまりないことは確かだろう。

今回、脱出することを諦め、キャロメティアを見捨てる。

そうすれば、振り出しには戻るが、まだ希望は残る。

街の外を旅したいなんて酔狂な人間は少ないかもしれないが、全くいないわけじゃない。

どうしても見つからなかったら、巡礼者になればいい。

ここで無理をしては、これまでの人生のすべてを台無しにし兼ねない。

次に繋がるものもない。

冷静に考えれば、結論など一つしかないだろう。


今回の脱出計画は諦める。

それが賢い選択であり、取るべき選択だ。





考えとは裏腹に、カリンはその夜、宝物庫にて衛兵に捕らえられた。


いつもは寝ているはずの義母がすぐに宝物庫まで来たことから、これが仕組まれた罠であることは間違いない。

カリンがその事実に気付いた時には、覆水盆に返らず。

カリンは築き上げてきた全てを失った。

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