第21話 日常は戻らない
ピピピピ、ピピピピ!!
目覚ましの鳴る音で結城は目を覚ます。身体が重い。思えば葵を探している間一睡もしていないのに加え、昨日は警察の事情聴取で1日取られたのだった。
「うーん」
結城は大きく伸びをして、ベッドから出た。身体に溜まった疲労を考えるとまだ休んでいたいところだが、さすがに3日も会社を休むわけにはいかない。
スーツに着替え、トリニティ・コレクトに向かった。まだ京極の手下が尾行しているとも限らない。結城は今、葵が無事に見つかって油断している。こういうときにこそ隙が生まれるのだと結城は改めて警戒し、裏口から会社へ向かった。
裏口でも外から見えるラボの窓に目をやると、そこにはいつも通り研究を進める社員たちの姿があった。シノの姿は見えない。
(あいつ、どうしてるかな……)
結城は喧嘩したシノのことが気がかりだった。冷静になって考えればこちらにも非はある。マイケルからの近況を伝えていないためシノが怒るのももっともだ。
(会ったら話し合おう)
結城はそう思って会社に入る。
「結城さん、お帰りなさい!」
「ありがとう」
「そういえば……東雲さん、今日は見かけませんけど、大丈夫ですか?」
「……ああ、ちょっとね。気にしないでくれ」
社員たちに歓迎されるが、やはりシノの姿は見えない。結城は社長室に向かった。
(ここにもいないか)
シノがよく座っている社長室の机にも、人の気配はなかった。結城は念のために社員の出勤表を確認する。シノの枠は無記入だった。いつものことだ。
おそらく拗ねているのだろうと、結城はあまり気にせずに業務についた。
「おかしいな……」
思わず声に出てしまうほど結城がおかしいと感じたのは、シノが5日間会社に来なかったときだった。
今までも喧嘩をすることはあったが、たいてい研究がやりたくて5日以内には戻ってくるのがシノの習性だった。しかし今回はそれが無い。
(まさか、葵さんと同じように京極に?)
警察の協力があっても葵を誘拐した犯人は分かっていなかった。クラウンの可能性が高いとはいえ、それを話すわけにはいかない。
警察が来る前、結城は葵の監禁場所を目で確認した。クラウンがよく使っていると言われている自動解除のカギに酷似しており、結城は京極の仕業であることを確信した。
(そして何より、犯人は葵さんに一切手を出していない。金も要求していない)
クラウンだとしても、その行動は余りに不自然だった。
(これは、メッセージだ。俺に向けた)
結城はシノの捜索に動き出した。
社員の話では結城がいないとき、シノは会社に来ていたらしい。結城はシノがなにか形跡を残していないか社内を見て回ることにした。
業務を終え、社員たちがほとんど帰った夜、結城はラボフェーズにあるシノの机を見た。シノが愛用しているパソコンは無い。引き出しやロッカーなども見たが、特に目ぼしいものは入っていなかった。
シノの行動範囲は異常に限られている。社長室に何もない事は確認していたので、ラボが駄目だということはほとんど希望がないことを意味する。
念のためシノが行かなさそうな場所も捜索する。食堂にも会議室にもやはりシノの形跡はない。
結城は正面玄関に向かった。最近はずっと裏口から入っていたので、その空気は新鮮に感じた。
《お疲れ様デス、結城シャチョウ》
「あぁ」
結城は力なくガイデン君に答える。
《探しモノデスカ?》
結城は驚く。人の動きを感知できるとは聞いていたが、こんな機能も備わっていたとは。
「そうなんだ、シノがいなくなってしまってね。何か知らないか?」
結城はダメもとでガイデン君に尋ねる。
《全くワカリマセンネ、ガガガ、30425y98じおdfgsまえrtrsjd》
ガイデン君の様子がおかしくなった。結城は慌ててガイデン君を見る。すると、一か所亀裂が入っているのが見えた。修復の後も確認できる。
しかし結城が気になったのは、修復された後でもわかるその抉られた形状である。
「なんだこれ……まるで弾痕みたいだ」
何かを撃たれた痕跡。それも、わざと目立たないように修復されたように見える。
《ピー》
ガイデン君の画面が暗くなる。おそらくこの傷による不具合かと思って結城が近づくと、急に動き出したガイデン君から声が聞こえた。画面は真っ暗だが、結城にはすぐに分かった。
《やぁ、久しぶりだね耀》
シノはガイデン君越しに話しかける。
「シノ!お前一体どこに居るん……」
「これは録画だ。僕との意思疎通は取れない。まぁどうせ、今頃文句を言っているんだろうけどね」
結城が言おうとした文句はシノの説明に遮られる。驚く結城に、シノは何故ここにいるのかを伝える。
「おそらく僕がなぜトリニティ・コレクトに戻らないのか気になっている頃だろう」
結城は息をのんでシノの次の言葉を待つ。スピーカーから流れたその言葉は、結城の頭の中で何度も反響して響き渡る。
「君の最近の行動は目に余る。僕は京極につくことにしたよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます