第22話 シノの裏切り、結城の焦り
「……なんだよそれ、どういうことだよ!」
結城は掴みかかる。
《@pp-強く揺らさないでください》
しかしその機械の体はシノとは程遠いものだった。
「くそっ、なんでだよ」
結城は吐き捨てるように言う。シノはそれを見越したように、続ける。
「きっと今、君は意味が分からなくて混乱しているだろうね。……君が会社を空けている間に、何があったのか。僕の目で見たことを、今から話そうか」
シノは一週間前、葵が解放される前日の話をした。
午前零時、シノはトリニティ・コレクトの社内で、いつものように実験をしていた。結城と喧嘩はしていたものの、自分のやることは変わらない。
シノは時間に関係なくずっと研究をしており、残っている社員はシノだけになっていた。
そのとき、正面玄関に誰かが来る監視カメラの映像が見えた。
黒スーツの男が複数人、それらに取り囲まれるように京極の姿が見えた。
《シンニュウシャ、シンニュウシャ》
「やれ」
黒のスーツに身を包んだ男が銃を発砲する。その弾は無情にも、機械の体を貫く。
発砲と同時に、ガイデン君の目が赤く光り、途切れがちな声で《シンニュウ……シャ……》と呻いた。
ガイデン君の通信が切れる。男、ガイデンはここに倒れた。シノはただ事ではないと思い、少し準備をして正面玄関へ向かった。
「ずいぶん派手にやってくれるじゃないか」
シノは京極たちに話しかけた。
「東雲君か。君は……初めましてだね」
京極は落ち着いた調子で話す。
「どうも、いったい何の用かな?」
「安心したまえ、何か暴動を起こそうという訳じゃないんだ。前に送ったメールについて、返事を聞きに来たんだよ」
1か月前、シノの元には非通知のメールが来ていた。
そこには、長々と文章が書かれていたが、まとめるとトリニティ・コレクトを裏切ってこっちに付かないかという京極からのメールだった。
「返信はしましたよ?」
「訳の分からない記号の羅列だったじゃないか」
「すいません、僕は暗号が好きなので」
シノは結城とメールをする際も、よく暗号で送っていた。
外部にバレないようにという目的もあったが、ただ暗号が好きだからという理由が大きい。結城が普段から解読に四苦八苦している様子をシノは楽しんでいた。
「私は気が短いんだ。早く回答が欲しくてね」
京極たちは結局暗号を解くことができず、しびれを切らしてトリニティ・コレクトに来たのだった。
「あなたの周りにいる物々しい人たちは、クラウンの上層部かな?」
シノが言い当てると、黒服の何人かが躊躇った顔を見せる。
「さすがだね、一目で気づくとは。やはり君の能力は称賛に値する」
京極はシノに近づく。ついてこようとする黒スーツたちを手で制し、シノに話しかける。
「もう一度聞こう。こちらにつく気はあるかな?」
黒服の何人かが後ろに銃を携帯しているのが分かる。おそらく強硬手段も考えているのだろう。シノはそれに臆さず、答えた。
「あのメールでは条件が曖昧だったからね。もう一度聞かせてもらおう」
「基本的に望みは叶えよう。なんでも言ってくれ」
シノは少し腕組みをした後に言った。
「じゃあ潰れてもらっても良いかな?」
「どうやら建前というものを知らないようだね」
シノには京極がイライラしているのが目に見えた。
おそらく京極を怒らせることは恐ろしいことなのだろう、京極の周りにいる黒服たちが冷汗をかいている。京極の後ろでもうやめてくれ、と合図をするような人もいた。
「じゃあ現実的な話を。給料は何倍だい? 研究施設の規模は?」
「もしすぐに決断してくれるなら、今の5倍出そう。研究所の規模もここの倍は大きい。設備も整っている」
「悪くないね。他に僕へのメリットはあるかい?」
「そうだな……君も知っての通り私の所有する研究所はグレーな領域にも手を伸ばしている」
「そうかい? 僕には漆黒に見えるけどね」
「見え方は角度によるものさ。君も光の当たり具合を変えれば、グレーに見えるようになるかもしれない」
京極は一呼吸置いた後、言葉を重ねる。
「私の研究所には制限というものが無い。君が望んだ研究ができる」
黒服たちはシノの顔色を窺っている。シノは少し黙った後、口を開く。
「それはつまり……」
「倫理という枷がないということさ」
「いいね、気に入ったよ」
シノはニッと笑った。その目は、結城の知らない何かを見ているようだった。
「すぐに準備しよう。細かい話はその後で」
《まぁそういうことさ》
「そういうことさじゃねぇよ!」
結城は動画相手にキレても意味がないことを理解していたが、それでも感情を爆発させずにはいられなかった。
《前にも言ったが、最近の君の行動は合理的じゃない》
結城の叫びを無視してシノは続ける。
《僕だけじゃなく君もそうさ。お互いの利益を考えたときにここは手を引くべきだ。それに……》
シノの放つ一言は、結城の心を抉るには十分だった。
《君は手段と目的をすり替えている。確かに僕も京極に恨みが無いわけではない。ただ、山瀬の娘、あるいはその父親を助けたいと思っているんだろ?》
確かに結城は、誘拐事件の中で理論抜きに葵の無事を第一に考えていた。父親に関しても、もし何かあった場合葵が悲しむ姿が目に浮かぶ。
《耀、君はただの恋愛バカになり下がったんだ。そんな君と組み続ければ復讐の成功率は大幅に低下する。連木で腹を切るようなものさ。その時点で相棒は解消だ》
さすがの結城もこれには青筋を立てた。シノの声にノイズが混ざる。
シノがどこかへ行ってしまう焦りから、結城は言い返す言葉が喉につかえて出てこない。
「お、おい!」
《アディオス、耀。またいつか会……ガガ、ピー……システムを再起動シマス》
ガイデン君からシノが消えた。結城はただ立ち尽くすことしかできなかった。
「クソっ!」
結城は壁を叩く。しかしその音はすぐに夜の静寂の中に消え、ガイデン君の再起動音だけが虚しくこだましていた。
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