第20話 長い夜の終わり
「これで23軒目……」
結城は眠い目を擦りながら廃墟ビルに入った。
「ここも外れか」
もぬけの殻だった。人がいた形跡もない。後7軒、結城は見つからないという不安を押し切って、残りの場所を確認しようとスマホを開く。
ちょうどそこに、電話がかかってくる。
(柏木さんかな、もう1日くらい連絡してなかったし)
午前零時に電話がかかってくることに違和感を覚えつつ結城が電話相手の名前欄を見ると、そこには葵の文字が浮かび上がっていた。結城はすぐに電話を取る。
「葵さん!? 大丈夫?!」
「はい、なんとか……」
生きていることに安心したものの、葵の言葉には生気が無かった。
「今どこにいるか分かる?」
「それがなんとも……さっきまで閉じ込められていたので」
葵は弱った声で、なんとか自分の現状を説明した。結城はそれを聞いて安心するとともに、違和感を覚えていた。
葵の話した内容は昨日の朝の出来事にも重なる。
「おい、起きろ」
筋肉質の男に起こされる。縛られている状態で熟睡できるのは自分のアピールポイントだな、と葵はひそかに思う。
「どうしたんですか? まだ解放まで1日くらいあるはずですけど」
小さい窓ガラスの外は日が差していたが、空の暗さを見るにまだ5時くらいだった。男の話では解放時間は明日の午前0時、葵は首をかしげる。
「お前の解放時間がそこなだけだ。俺たちはもう出る。捕まりたくないからな」
それはそうだ、葵は納得する。しかし一点だけ納得できない点があった。
「あ、あの」
「なんだ」
「私の縄はいつほどいて貰えるんですか?」
「今ほどく」
男はぶっきらぼうな手つきで縄をほどく。葵はようやく自由になった。
「あの」
「なんだ、何度もうるさいな」
男はイライラしている。早くこの場を離れたいのだろう。
「私を自由にしちゃって大丈夫なんですか?」
「あ、忘れてた」
男は部屋から出て、複雑な形をしたカギを掛ける。葵の前の分厚いドアの外から、男の張り上げた声が聞こえる。
「これは時限式だ。明日の0時になったら自動で開く」
ガチャン!
鍵の閉まる音がした。
「おい、起きろ!ずらかるぞ」
「どうしたのママ」
「俺だバカ!」
筋肉質の男はパーマの相方を無理やりたたき起こす。
「くれぐれも俺たちの情報は言うなよ。お前の身の回りの人間に危害が及ぶからな」
2人の男が階段を下りて行く音が聞こえた。静寂の中で葵はハッとする。
(言わなきゃ鍵かけられずに済んだのに!)
しかし時すでに遅し。頑丈な扉は鍵と相まって、葵が押してもまったく微動だにしなかった。
仕方なく葵は部屋の中を詮索するが、特に脱出に使えそうなものは無かった。
翌日の午前0時、ピーという高い電子音が鳴った。一瞬の静寂のあと、ガチャン!と鉄のこすれる重たい音が響き、空気が変わった。
(鍵が開いた!)
寝ぼけていた葵はすぐに目を覚まし、ドアを開ける。自分の荷物がドアの外に置いてあったのが幸いだった。
(スマホが……あった!)
指が震えるのを抑えながら、葵はすぐに結城の番号を押した。
「なるほどね、ちなみにだけど、窓から何か目立つものは見える?」
「そうですね、東京タワーが左に見えます。後近くには…………」
結城は通話を繋げながら、廃墟ビルのリストを見る。方角を計算すると、残っている7軒の内当てはまるビルは1軒のみだった。
「場所が分かった、今向かう!」
結城はタクシーを呼び、そのビルへ急行した。10分後、結城がビルの前につくと、そこには葵が待っていた。
「あぁ、良かった……」
「心配かけてごめんなさい」
「いや、本当に生きててよかったよ!」
2人は抱き合う。葵を抱きしめるこの感覚が無くなると思うと、結城はぞっとした。
「葵!」
結城の背後から駆け寄る音。振り返ると、桃が息を切らしていた。夜、結城から連絡を受けた桃はすぐに飛んできたのだ。
「よかったぁ……心配かけないでよ!」
桃はそのまま、葵に飛びついてわんわん泣いた。葵は桃の頭を撫でる。結城はそれを見守っていた。
「どうして私が何もなく解放されたのか分からないんです」
暫く経った後、葵は疑問を口にした。
「確かに、身代金でもなかったしね」
結城も首をかしげる。
(京極の目的が分からない)
「そんなことより警察じゃない? 葵も病院行った方が良いだろうし」
数分後、パトカーと救急車が来た。葵は意識もはっきりしていたが、念のため病院で検査を受けることになった。
桃が連れ添うことになり、結城はその間警察に話をすることになった。葵が救急車に乗る前、こっそり結城に聞く。
「あの短時間でよく分かりましたね」
「たまたまだよ。葵さんが詳しい特徴を教えてくれて助かった」
疲れで霞む視界に結城が現れたときは、葵は彼が王子様に見えた。
「ゆっくり休んでくれ、後はこっちで何とかするから」
葵は結城のその顔に、覚悟の断片を見た気がした。
「それじゃあ発車します」
救急車のサイレンは夜の街のネオンに溶けて行った。結城は警察に事情を話すことになった。
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