第18話 監禁のタイムリミット

 ちょうどそのころ、葵は目を覚ました。


(手首が痛い。冷たい。何かに縛られている)


 そう気づいた瞬間、心臓が跳ねた。視界はぼやけ、空気はどこかカビ臭い。


(ここはどこ?)



(立ち上がれない……)


 葵は仕方なく、周囲の状況を確認する。ビルの一室のような小さな部屋で、窓から光が差し込んでいるが人が抜け出せるほど大きい枠ではない。


 部屋の中に人は居ない。ただ、部屋の外から話し声が聞こえてくる。葵は体をなんとかくねらせ、ドアの方に耳を傾ける。


 最初はひそひそとしか聞こえなかったが、段々耳が慣れてきて何を話しているのかが分かってきた。


「……しかし暇だな」

「でかい報酬貰えるんだから我慢しろよ、こんな案件中々ないぞ」


 どうやら男の2人組のようだった。声が若い。


「次お前だろ、一応見てこいよ」


 足音が近づいてくる。葵は慌てて体勢を直し、寝たふりをする。男の足音が自分の目の前で止まる。


 相手に聞こえるんじゃないかと思うほど、葵の心臓は嫌なリズムで鼓動している。肋骨の内側で暴れているみたいだ。男はため息をついて遠ざかって行った。


「やっぱり寝てたよ、スタンガンに弱い体質なのかもな」

(スタンガン……)


 葵は自分が連れ去られたときの事を思い出そうとしていた。


(確か会社の帰り道だった気がする)


 2日前、いつものように残業を終わらせた葵は、会社を出て家に向かっていた。今となって思い返すと、葵は誰かに付けられていたような気がしていた。少し足どりを早めたりもした。


 しかしアパートの前、もうすぐ家の玄関というところで後ろから強い衝撃を食らった。おそらくそれがスタンガンだったのだろう。


 葵は自分が襲われた原因を考えるが、検討がつかなかった。この歳になって身代金目的の誘拐というのも変な話だ。葵の家は特別に裕福というわけでもない。


(一体なんで……)


 スタンガン以外危害を加えられていないことも気になる。一切手出しをしないのは何故なのか、謎は深まるばかりだった。


 葵は桃や結城のことを危惧する。自分と同じように誘拐されている可能性もあるからだ。特に結城は立場上狙われやすいだろう。


「お、起きてるな」

(しまった!)


 葵はドアをゆっくり開けた男の存在に気づかなかった。起きていることがバレた以上、もう寝たフリは使えない。


「お前、1日以上寝てたよ」


 筋肉質の男は葵に話しかける。葵は何か返さなければと思い、咄嗟に出た質問を投げかけた。


「あの、あなたたちは……」

「俺たちは殺し屋だ」


 誰ですか?と聞く前に食い気味の返事が来た。殺し屋、葵の人生では推理小説の中でしか出会うことのなかった職業である。


 葵の体が無意識に震える。本能からの恐怖を感じているのだろう。葵は歯が揺れて上手く話せなかったが、臆することなくなんとか声を絞り出した。


「……そ、それで、私をどうするつもりなんですか?」

「どうもしない」


 返ってきたのは予想外の返事だった。


「俺らは確かに殺し屋だが、今回の依頼はお前を監禁して3日間出すなっていうもんだったんだよ」


 葵が寝ていたのは約1日間、つまりあと2日で葵は解放されるということだ。若干安心感を覚えた葵を、男の言葉が抉る。


「安心はすんなよ。俺たちは気が短いんだ。お前が変なことしたら手が出るかもしれねぇ」


 筋肉質の男は葵を睨む。緊張感が張り詰める中で、葵は声を出さずに頷いた。正確には恐怖から出せなかった。


「……ま、今回の依頼人は特別なんだろうな。名前すら教えられてねぇ」


 男はため息を吐いて、話を続ける。


「まぁこれでも運が良いと思え。誘拐して何もしないなんて俺たちも初めてだ。報酬も高いし、お前がよっぽどのことしない限り変な真似はしねぇよ」


 男は部屋を出て、もう1人におい!と言っているのが聞こえる。パーマをかけたもう1人の男はパンを持ってきた。


「どうぞ、ご飯です」


 パーマがかかった男はパンを放り投げた。


「バカ、そのジャムパンは俺のだろ!」


 筋肉質の男がパーマを殴る。


「ごめん!」


 パーマは頭をかきながらジャムパンを中身のないコッペパンに交換する。


「飯だ、お前にフラフラになられると明日が大変だからな。食っとけ」


 筋肉質の男に一時的に手の縄をほどいてもらった葵は、パンを頬張る。口に入れた瞬間、パンの甘さがやけに濃く感じられた。喉がひりつき、飲み込むのに勇気がいった。1日何も食べていないのでお腹が空いているはずだが、食欲は無かった。


「さっきも言ったが、お前を殺すことは無い。パンに毒も入ってないから」


 男の言うことは完全には信用できないが、監視されているため食べるしかない。葵はなんとか1つのパンを食べきる。


「あの、少しトイレに行っても良いですか?」

「変な真似は起こすなよ」


 葵は筋肉質の男に連れられてトイレに行った。ドアの外に男が張り込んでいるため、変な動きはできない。


 葵は自分の所持品を確認した。スマホはやはり男たちに取られているようだ。連絡手段はない。


 葵は、ここは大人しく男たちの言うことに従うことにした。命無くしては何も手に入らない。自分の会社に聞かせてやりたい言葉だ。トイレを済ませた葵は、また縄で縛られた。

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