第14話 華麗な花火は心を遮る

 デート当日、葵はこの前買った浴衣を着て、待ち合わせ場所に向かった。10分前に向かったのだが、いつものように結城が先にいた。


「あ、葵さん!」


 結城が嬉しそうに手を振る。葵も振り返す。お互いの格好に見惚れていた。


「葵さん、めっちゃ綺麗だね」


 結城に褒められた瞬間、胸の奥がじんわり熱くなる。それを悟られまいと笑顔を作るのに、少しだけ時間がかかった。


 しかしそれ以上に、浴衣姿の結城にドキドキしていた。落ちついた藍色で帯も統一しており、上品さがあふれ出ていた。現に葵がここに来るまでも、他の女子たちがあの人格好いいと噂しているのを聞いて優越感に浸っていた。


「じゃあ行こうか」


 結城が葵の手を握って出発する。葵はそのリードに嬉しくなりながらも、若干の違和感を覚えていた。足の進みが速いのだ。結城は身長が高いため葵より速いのは当たり前なのだが、いつもなら自然と並んで歩けたのに今日はどうもタイミングが合わない。


 小さな違和感が葵の心の片隅に残った。それだけでなく、最近のデートでは特に周りを気にしているような動きがあったのを葵は覚えていた。


(企業の社長だし、私生活がバレたくないのかな)


 週刊誌などに撮られないよう自分に気を遣ってくれている可能性もあるため、葵はあまり言い出すことはしなかった。


 以前のように疑いの目を向けることは、結城の優しさを裏切ることになるのではないかと思ったからだ。この前の社会科見学でも実際結城の潔白は証明されているため、あまり心配もしていなかった。


 結城はお祭りの人混みに入ると、葵がはぐれないように気を配ってくれていた。人の流れがあるとはいえ、極力葵の進み幅に合わせてくれてもいた。葵は少し安心して、デートに集中できるようになっていた。


「葵さんは何か食べたいものある?」

「あ、えっと……」


 突然話を振られたので葵はどぎまぎする。


「私、あんまり夏祭りとか来たことなくて……何かおすすめありますか?」

「うーん、僕もあまり来ないんだけど……お、あそこのチョコバナナなんかどうかな?」

「良いですね! 美味しそう!」


 柄にもなくはしゃいでしまった葵は恥ずかしくなってうつむく。それを見て、結城が笑いながら話しかける。


「せっかくだから楽しもうよ! 童心に戻ってさ」

「あ、はい!」


 2人はチョコバナナを買い、射的や金魚すくいをして楽しんだ。葵が驚いたのは、結城がここでもハイスペックを発動していたことだ。


 射的では葵が欲しいと思った小さめのぬいぐるみやお菓子などを全部取ってくれたし、金魚すくいに関しても圧巻だった。ポイが破れなさ過ぎて結城は10匹以上掬っていたのだ。


「ありがとうございます。す、すごい!」


 思わず声が出たけれど、すぐに言葉が詰まった。


(こんなに何でもできる人の隣にいて、私は本当に釣り合っているのかな……)


 そんな思いが胸の奥に小さく沈んだ。葵のはすぐに破けてしまったので結城がポイを譲ってくれたが、また破いてしまった。


「葵さんに喜んで貰えてよかったよ」


 葵の心にふと影がよぎる。


(結城さんにいつも楽しませてもらってばっかりだな……)


「あの、結城さんは楽しめてますか? なんか私ばっかり楽しんじゃってる気がして……」

「ちゃんと楽しめてるよ! 心配してくれてありがとう」


 結城はいつも通りスマートに切り返す。しかし葵は、結城が本気ではしゃいでいる所を見たことは無かった。


(今日は無理でもいつか見たいな)


 2人は花火が始まるまでの時間、色々な屋台を見て回って過ごした。暫く経って、葵は時計を見る。


「あ、後10分で花火始まるらしいですね!」

「教えてくれてありがとう。じゃあ移動しようか!」


 葵はてっきり、花火が見えやすい場所に移動するのだろうと思っていた。しかし結城に連れられて向かった先は人がいない縁台だった。昔話のお団子屋で見た景色に、葵は懐かしさを覚える。


「あれ、なんで人が?」


 葵はなぜここだけ人が異常に少ないのか気になっていた。


「ああ、ここは予約席でね。他の予約してる人ももうすぐ来るだろうけど、席は確保してあるからゆっくり見られるんだ」


 結城の配慮には本当にびっくりする。


「葵さん、足疲れてたでしょ。カフェとかも考えたんだけど、浴衣だと座りにくいかと思って」


 サプライズにしたかったから、と結城は微笑み、無理させてごめんねと軽く謝った。葵はそれよりも嬉しさが爆発していた。


「ここは花火に近いから、しっかり見られると思うよ」


 葵が花火をちゃんと見るのが初めてだという話を、電話口でしたことを結城は覚えていたようだった。そのために予約席まで取ることに、葵は彼の愛を噛みしめていた。


 花火が始まるまであと5分。ここで聞くのは野暮だとも思ったが、せっかく2人でいるので葵はずっと気になっていたことを尋ねた。


「そういえば最近、結城さんデート中にすごい周りを気にしてるなーって感じてて。週刊誌とか気にしているんですか?」

「え? ああ。まぁそんな感じだよ」


 結城は葵の急な質問に少し驚いていたが、葵さんに迷惑かけるといけないからね、と明るく振舞った。しかし


「結城さん?」

「あ、いや。少し考え事をしてただけだよ」


 結城は少し黙り込んだ後、口を開こうとしていた。葵には、結城が何かを言おうとして迷っているように見えた。


「なんでも話していいんですよ。力不足かもしれませんけど、私……彼女ですから」


 少し照れながらも、葵はまっすぐにそう言った。彼の本音に触れたくて、手を伸ばすような気持ちだった。葵が結城の目を見つめる。


「……実は、僕は君のことを」


 結城は少し溜めた後、何かを言おうとしたが急に大きな音に遮られる。花火だ。


「あ、葵さん! 花火始まったよ!」


 結城は言いかけていたことをやめ、いつもの調子に戻ってしまった。この場所が花火に近いため、きっとあの小さい声はかき消されていただろう。


(聞こえなくてもいいから、それでも聞きたかったな……)


 家の近くから花火が見えたことは今までもあった。それに比べて今目の前にある花火はとても綺麗で心臓まで響く音だった。


 しかし葵にとって、花火がここまで大きなノイズだと感じたのは初めてだった。

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