第13話 浴衣選びは親友と
8月になった。セミたちは、まるで空を突き破るような勢いでコーラスを響かせている。じっとりとした暑さが肌にまとわりつく中、葵の心は浮き立っていた。結城の誘いで、2人は花火デートに行くことになったのだ。
しかし葵は今まで、夏祭りにほとんど行ったことがなかった。小学校時代、翔と悠馬と行ったっきりである。さすがに当時着ていた浴衣は入らなかった。それに向けて、葵は桃と一緒に、浴衣を選びに行った。
「ねぇ、これなんか似合うんじゃない?」
桃はひっきりなしに浴衣を持ってくる。葵は着せ替え人形のようにされるがままになっていた。
「おお! これいいじゃん!」
桃は止まらない。葵は渡された浴衣に更衣室で着替える最中、桃に話しかける。
「桃は夏祭りとか行かないの?」
「今年は行かないかなー、まだわさびちゃんと違って独身なので」
「私も独身だっての」
「え? そうだった?」
桃がとぼけたように笑う。
「……まったくもー」
葵は帯を締めながら、苦笑いを浮かべた。桃はただなー、とちょっと悩んだようなそぶりをして続ける。
「シノ君は中々タイプかも、一緒に行ってみても良いかもな」
「でも桃ってああいう理論タイプあんまり好きじゃなくなかったっけ?」
「顔がね、タイプなのよ」
ここまではっきりしているとむしろ尊敬する。葵は思わず拍手を送りたくなった。
「でも桃ってシノさんの連絡先持ってないんじゃない?」
「まぁね、でも結城さんから連絡してもらえばゲットできそうだし」
桃は前回の社会科見学の最後で、ちゃっかり結城と連絡先を交換していた。こんな目的があったとは、葵は桃の準備の良さに唸る。
「ただ、まだ1回会ったきりだから今年の夏祭りは無しかなー、君たちの邪魔しに行ってもいいけどね」
桃は笑いながら付け足す。やめてよー、と返しながら葵は最後の帯を締め、カーテンを開ける。
「お、良いじゃん!」
葵は鏡を見る。
「これ、良いかも」
鏡に映る自分に、少しだけ照れる。結城にどう見えるかを思うだけで、胸がくすぐったかった。水色にピンクの花びら模様が刺繍されている可愛い浴衣だった。
桃も他の浴衣を一緒に買っていたので本当に邪魔する気なのかと思ったが、来年用のようだ。
「じゃあ、応援してるからね!」
別れ際、桃は葵の背中を叩く。ここまでしてくれる友人は貴重だな、と改めて思った後に葵はお礼を言って別れた。
この時の葵は知る由もなかった。遠巻きに見ていた黒ずくめの男が、スマートフォンに小さく囁く。
「はい、やはり例の女です」
葵の笑顔を見つめるその目に、感情はない。
「了解しました。監視は継続します」
通信を切った後、男は人波に紛れながら静かに葵の背中を追った。
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