第13話 銃声

 車は市街地を抜けて山道に入っていく。人気のない林道で車はエンジンを止めた。

 

「降りろ」

 

 男は銃をちらつかせ、純一を車の外に連れ出すと、道を外れて茂みの中に連れて行った。

 

「そこの木に額をつけろ、手は頭の上だ」

 

 周りを気にしながら、男が指示を出す。夕暮れになり日も翳ってきている。偶然の通行人を期待するには、可能性が薄すぎる。

 

 純一は男に言われたとおり大きく梢を広げた太い木に額をつけ、手を頭の上で組んだ。

 

 男は純一の後頭部に銃を突きつけると、そのまま純一の持ち物を探った。ズボンのお尻のポケットから財布が抜き取られ、ベルトにつけていたスマホも奪われる。


 万が一のため、めぐみとのメールは全て削除してあるが、このままやすやす殺されるわけにはいかない。純一は気を張り詰めて男の隙をうかがっていた。

 

 銃を突きつけたまま、男は純一の財布をあさる。免許証を見つけた男は何かを思い出したかのような表情で言った。

 

「樋口純一か、ああ、どこかで見覚えがあると思ったら、お前あのレンタルショップのバイトだな。なんでお前が俺のことをつけているんだ?」

 

 男も純一のことを覚えているようだった。純一は沈黙の回答を返す。

 

「まあいい、お前にはいろいろと恥をかかせてもらったからな、じっくりとなぶり殺してやる。お前、何を知っているんだ?」

 

 銃口を押し付けたまま、引き続き男がたずねる。もちろん答えてやる義理はない。

 

「だんまりか、まあ、お前を始末した後で、バイト先やおまえの家を探ればわかるだろう」

 

 ダメだ、こいつをあのレンタル店に行かせてはいけない。めぐみさんとこいつを会わせては意味がない。思わず否定の言葉が口からこぼれた。

 

「言っても無駄です。もうあの店は閉店しましたから」

 

 突然の純一の言葉に、男は眉を吊り上げ嬉しそうに純一を覗き見る。

 

「ほう、なんだ。俺が行くと何か問題でもあるのか」

 

 純一は口をつぐんで目をそらす。男はそんな様子を見て、勝ち誇ったように笑った。

 

 口は災いの元だ。純一は男の質問に対して全て無視をすることにした。

 しかしその後、もう男が質問してくることは無くなった。

 

 男は、今度は純一から奪ったスマホを開こうとして舌打ちをする。

 画面はロックがかかっているため開かない。

 男は純一の指をスマホに押し付けさせる。

「動くんじゃねえぞ」

 押し当てられた指紋認証で無理やり解除させられてしまう。こういった状況ではセキュリティシステムも何の意味もなさない。

 

 男はセキュリティを解除するとアドレス帳やメールの履歴を確認する。スマホを操作する音が静かな山に響く。

 

 おそらくは今、男は携帯の画面に集中していることだろう。逃げるなら今しかない。車までは約二十メートル。大丈夫だ。行ける。

 

 純一は呼吸を整えると、ひざを折って腰を落とした。男が銃を構えなおすより早く肩から体当たりをかまし、そのまま茂みを駆け抜ける。


 男の乗ってきた車の扉に手が届く、はずだった。


 その時、最初に感じたのは焼き付けるような熱だった。

 背中から熱した鉄棒を差し込まれたような衝撃を感じ、すぐさま耐え難い痛みが全身を駆け巡った。


 だめだ体が言うことを聞かない、純一はその場にうずくまる。痛みを訴える患部をおさえると、その手は夕日よりも真紅に染まっていた。


「逃げ切れるとでも思ったのか」茂みをかきわけ男が純一に近づく。


「おとなしくしていればもう少し長生きできたものを、さよならだ、純一君」

 

 もう一度響く銃声……


 そして、沈黙。







―――★☆★☆―――


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