第12話 銀行強盗
八月五日。
スマホのスケジュール機能が、けたたましい音で鳴り響いた。
表示画面には《三ヵ月後の本日、銀行強盗発生!》の文字が踊る。
以前にめぐみからもらったメールの内容が真実ならば、今日この場所で銀行強盗が起こる。
今日までにめぐみに関する情報は何も得ることができなった。こうなってはもう仕方がない。あとは銀行に入る直前にめぐみを直前で引きとめるしか方法は残されていない。めぐみが犯人と顔をあわせさえしなければ後に襲われる理由はなくなるはずだ。
純一はもう一度、めぐみから贈られた最後のメールを確認する。
二人のやり取りしたメールは、約3か月のずれがあった。ただし、流れる時間は同じでお互いにずれたままの時を刻み続けている。計算すればいつ彼女が襲われたのかも分かる。
このメールが送信された時間までが勝負だ。
彼女からメールが戻ってこないということは、考えたくはないが最悪の事態もあり得る。万が一、今日このスマホを奪われ、メールを見られたらめぐみとの関係がばれてしまう。彼女の安全のためにもメールの履歴はすべて消しておく方が良いだろう。
そうだ、もしもすべてがうまくいって、このスマホが彼女の手に届くなら、その時のために最後の言葉を届けたい。その時に自分がいなかったとしても……
純一はスケジュールのシークレット機能を使って3か月後の彼女に最後のメールをつづった。
*
純一はめぐみのメールに書かれたK銀行の前でめぐみが来るのを待ち構えていた。犯行が起こる時間まではメールにかかれていなかったので、銀行の開店前からずっと立ちっぱなしだ。時計を見ると針はすでに十二時をまわっていた。
しかし、銀行強盗はなぜ目撃者であるめぐみに近づいたのだろうか、普通は目撃者に出会うことは避けるはずなのに……、洋菓子店で出会ったのは単なる偶然だったのだろうか。今になってそんなことが気になりだした。
考えながらも視線は銀行に向かってくる人間に注意を払う。そこに見覚えのある顔が目に留まった。
「あの目付きの悪い男は確か……」
そうだ。A社を訪問したときにも会った、アダルトビデオの男だ。服装が黒いジャージと、いつものスーツ姿とは変わっていたので一瞬気づくのが遅れたが間違いはない。
男はしきりに周りを気にしながら一直線に銀行を目指している。
「そうか」
純一の中で事件が一本の線でつながった。
そうか、あの男が銀行強盗犯であり、さらに純一になりすましてめぐみと付き合うことになる男なのだ。
A社であの男は会社の金を使い込んだのだと聞いた。おそらくは他にも借金があったのだろう。そのために銀行を襲ったのではないだろうか。
そして、現場に居合わせためぐみに自分の素性がばれていないか不安になった男は、めぐみがあのレンタル店を利用していたのを覚えていて、めぐみを待ち伏せしていたのだろう。
覆面をしていたから素性はばれてないという自信があったのかもしれない。レンタル店は喫茶店に変わってしまっていたが、そこで偶然にもめぐみに出会ってしまう。
そこで純一から奪った身分証などで名前を偽り、近いところで様子を見ていたというところか。さすがにあの歳でフリーターと言うには不自然だったため、自分のもとの仕事を語っていたのだろう。
なにも知らない仕事を語るよりもぼろが出にくい。実際めぐみに疑っている様子は見られなかった。
少し様子を見て、めぐみが銀行強盗犯と気がつかなければそのまま姿を消すつもりだったのかもしれない。
「でも、めぐみは気づいてしまった……」
純一の思いには関係なく、男は一歩また一歩と銀行に近づいていた。
今ここであいつを止めれば銀行強盗を未然に防ぐことができるかもしれない。しかし、今やるべきことはめぐみを守ることだ。
銀行強盗を止めることではない。もし止めにはいったら、それが原因で自分が殺されるかもしれない。なにしろ相手はこれから三人の人間を殺すことになるのだ。
純一の目の前で男が銀行内に入って行く。純一はもうすぐ銀行に来るはずのめぐみを探し始めた。
「強盗するのにそれほど時間はかからないだろう。だとすれば、めぐみはすぐにでも現れるはずだ」
そのとき、
「来た!」
事務服に身を包んだOLが小走りに銀行に向かってくる。間違いない、レンタルビデオ店でいつも見ていたあの女性がめぐみだったんだ。
昼休みに抜け出してきたのか、時計を気にしながら一直線に銀行を目指す。まさか中で強盗が行われているなど夢にも思っていないだろう。
「よかった間に合った。今めぐみを止めれば……」
純一がめぐみに駆け寄ろうとしたその時、後ろから何者かが肩を叩いた。
振り返るとそこには警察官の姿があった。
なぜこのタイミングで……
世界は容易に時の流れを変えさせてはくれない。
「ちょっと良いかな、地域の住民から『朝から不審な人物がうろついている』との通報があってね、君はここで何をしているのか少し話してくれないかな」
しまった。あまりに長く一所にとどまっていたことで目立ってしまったようだ。
めぐみはもう銀行の目の前だ。だからといって今この警官を振り切れるとも思えない。
「話を聞くだけ」とはいっているが、警官は純一の一挙一動をすきなく監視している。下手な動きをすればすぐにでも取り押さえられてしまうだろう。
「いえ、別に、何も、」
警官の視線を感じつつ、めぐみの姿を追う。
そうしている間にもめぐみは銀行の扉をくぐった。
それと同時に、銀行の中からパンパンという乾いた銃声が響く。
「な、なんだ」
職務質問をしていた警官も銃声に気づき、純一をほって自身も銀行に向かった。
銀行の入り口からは黒い覆面をかぶった男が飛び出してきた。服装は先ほどみた目付きの悪い男のものだ。あの男に間違いはない。
男の後ろに目をやると、床に転がるめぐみの姿が見える。
だめだ、未来は変わらない。
「止まれ!止まらないと撃つぞ」
純一に声をかけていた警官は飛び出してきた男に向けて、銃を向けて構える。もちろん威嚇だけだ。
しかし、男は躊躇することなく警官に向けて自分の銃の引き金を引いた。ふたたび街に銃声が響き、警官はその場に倒れた。
『銀行にいた二人と、警官が殺された』
めぐみのメールの一文が思い出される。
だめだ、これでは何も変わらない。
前方に障害物のなくなった男は、視線の先に純一を見つけ、まっすぐに向かってくる。何とかここから逃げなくてはいけない。しかし、銃を構えて近づいてくる男に対して純一は動くことはできなかった。
近づいた男は、銃口を純一に向けたまま背後にまわり、後ろから首に腕をかけて絞めつけてきた。拳銃をこめかみに突きつけられたこの状態では逃げることはできそうもない。
おとなしくなった純一の耳元で男が話しかけてきた。
「おまえ、何で俺のことをつけまわしてんだ」
「そんなつもりは……」
「とぼけるな。この前は会社で待ち伏せしやがって。今日だって朝からここで監視していただろう」
「そ、それは……」
口ごもる純一に銃を突きつけたまま、男は純一を銀行の裏手に連れて行く。そこにはエンジンをかけたままの乗用車が止められている。
「お前、運転はできるか」
「は、はい」
男は銃で純一を運転席に乗り込むように促すと、自分は助手席に乗り込んだ。
「俺の言うとおりに運転しろ」
純一は頷くしかない。現場に警察が駆けつける前に車は静かに銀行をあとにした。
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