第10話 『助けて!』

 あの日、昼休みに仕事を抜けて銀行に給料をおろしに向かった。


 仕事場から走って数分の位置にある銀行は、その日はやけに静かだった。


 不信に思いつつも自動ドアをくぐり、入り口に設置されたATMに向かった。

 そのとき、銀行の中で何かがはじけたような音、続いて悲鳴が響いた。


 めぐみが確認する暇もなく、中から飛び出してきた男が勢いよくめぐみを突き飛ばした。

 

 めぐみにぶつかった男は、手に拳銃を構え、大きな袋を小脇に抱えていた。

 黒いジャンバーに目出し帽をかぶり、表情をうかがうことはできなかったが、覆面の下から覗く鋭い瞳が床に転がるめぐみを一瞥するとそのまま外に駆け出していった。一瞬ではあったがその男と目が合っためぐみは体が凍りつくような恐怖を感じた。

 

 外で先ほどと同じ、拳銃の発砲音が聞こえた。あの男のものだろうか。

 何とか気を持ち直し、ふらふらと立ち上がっためぐみが見たものは、店の中に転がる銀行員の死体だった。


 

 

 目出し帽から覗く二つの鋭い瞳は思い出すたびにめぐみの心臓を握りつぶすような圧力を与えた。

 そのときの恐怖。それが目の前にある。間違いない、この男があの日の銀行強盗だ。

 

 そう気づいためぐみは、渾身の力を振り絞り純一の急所を蹴り上げた。純一が苦悶の表情を浮かべ、手の力が緩む。

 その瞬間を逃すことなく、めぐみはその戒めより抜け出し、ふたたび部屋に逃げ戻った。

 

 気を取り直した純一が憤怒の形相でめぐみに迫る。

 めぐみは手近なものを投げつけ、今にも襲いかからんとする男の手を逃れるように部屋の中を逃げ惑う。恐怖に駆られためぐみはリビングを飛び出し、手じかにあった扉を開いてその中に逃げ込んだ。

 

 しかし、めぐみはすぐに後悔する事になる。


 そこはトイレだった。マンションの中央に位置するこの場所には窓も何もない。

 鍵はかけたもののこんな扉がいつまで持つかわかったものではない。


 「そうだ、電話」

 

 バッグの中からスマホを取り出し、警察に連絡しようとしたところで、扉の外から声が掛かった。


 「めぐみ、何してるんだ。警察に電話か、そんなことしても無駄だぞ。お前に教えたここの住所はでたらめだ。もちろん俺の本当の家ではない。それに名前、樋口 純一ってのは別人の名前を借りてるだけだ。つまりお前が警察を呼んでも、この場所にはこれないし、一生俺にはたどり着けないってわけだ。」

 

 なんとなく感じていた違和感の意味がわかった。

 めぐみがメールを行っていた純一とこの純一は別人だったのだ。

 どこかで奪った本当の純一の携帯や身分証を使って、純一という人物になりすましていたのだろう。

 

 会社の友達にもこの男のことは話していない、誰に助けを求めても無駄だ。めぐみは無意識のうちに三ヶ月前の彼氏に助けを求めていた。



 

 ーーーーーーーーーーーーー

 :助けて


 今の彼に殺されそう、彼はあなたの名前をかたった銀行強盗だったの、このままじゃ私ころ

 ーーーーーーーーーーーーー

 



 

「こら、出てこないか!」


 トイレの扉が乱暴にたたかれる音が狭い個室に響き渡った。何か固いもので扉を繰り返し殴りつけているようだ。あまりの音にめぐみは驚き、メールを打つ手が止まった。

 トイレの隅で震えるめぐみの目の前で空間を遮る扉のノブがはげしい音をたてて壊れ落ちた。

 

 何でこんな簡単に壊れちゃうのよ。

 

 めぐみの前で扉はゆっくり開き、金属バットを肩に担ぎ笑みを浮かべた男が顔を覗かせた。


 「残念、トイレの扉は意外ともろかったな」

 

 男がのんびり話しかけてくる。

 

 めぐみは急いでメールの送信ボタンを押す。それと同時に男はめぐみの髪の毛をつかみトイレから引きずり出した。

 暴れるめぐみの手から落ちたスマホの液晶画面は、『送信完了』を伝えるアニメーションが踊っていた。








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   読者皆様

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