第9話 めぐみと純一

 めぐみが三ヶ月前の純一にメールを送ってから三日の時間が経っていたが、未だに純一からの返信はなかった。

 

 A社で働くための就職活動を邪魔してはいけないと思い、こちらからの連絡は控えていためぐみだったが、いつまで待ってもなんの音沙汰もないので少し心配になっていた。


「就職うまく行かなかったのかしら、やっぱりあとでメールしてみよう」


 そうは決めたものの、ひとまずそのことは後回しにしてスマホをしまう。今はもっと大切なことがある。

 めぐみは今入れたばかりの紅茶をトレイに載せて、部屋で待つ現在の恋人の元に運んだ。

 

「あ、すまないな、ありがとう」

 

 新聞を読んでいた純一はカップを受け取ると、香を十分に堪能したあと、口に運んだ。

 

 付き合い始めのころは残業、残業でなかなかデートする時間も取れなかったが、今日は早く仕事を終えた純一が、めぐみの勤め先まで車で迎えに来てくれた。

 おかげで純一の部屋で久々にのんびりと過ごすことができる。駅から少し離れた場所にある純一のマンションは車でないと移動が大変なので行くときはほとんど彼に迎えに来てもらっていた。

 

「最近は仕事速いのね」


 「ああ、君に早く会いたいから、早く切り上げてきてるんだよ」そう言ってソファーの横に座っためぐみの肩を抱きよせ、軽くキスを交わす。


 「もう、あぶないじゃない、紅茶がこぼれちゃう」

 

 めぐみは自分のカップをテーブルの上に置くと、隣に座る純一を見つめた。

 すらりとしたスーツに身を包み、髪形はきっちりとセットしている。つりあがった鋭い目付きが初めのころは怖かったが、最近は見慣れてきたためか優しさも感じるようになって来た。実際の年齢よりも年上に見えるが、その大人の魅力にもめぐみは惹かれていた。

 

 メールで話す三ヶ月前の純一はまだまだ幼さの残る雰囲気を感じるが、メールでやり取りをするのと実際に会うのとではやはり違いがあるものなのだろうか。

 いつも連絡に使う現在の純一のメールでは、用件だけが書かれたそっけないものがほとんどだ。

 

 もっとも今、目の前で斜に構えた彼が、かわいい絵文字いっぱいのメールを打っている姿を想像したら思わず笑ってしまうだろう。


 「どうしたんだ、いきなり笑いだして」

 

 いけない、考えていたことが思わず表情に表れてしまったみたいだ。


 「ううん、ちょっと昔の貴方のことを考えていたの。私と出会う前の純一さんはどんなんだったのかなぁって」

 

 三ヶ月前の自分自身を今の純一はどう思っているんだろう。

 過去のことに触れようとしない純一を気づかって、自分からは昔の話はしないようにしていたが、過去の純一ももうすぐ私に出会うころだし、もうかまわないだろうと話を始めるつもりだった。

 

 ちょっとした好奇心で、話し始めただけだったが、そのたわいない言葉に目の前に座る純一の目が鋭くなった。


 「まだ出会ってから二ヶ月しか経っていないんだ。今も昔も何も変わるわけがないだろう」

 

 純一の怒気をはらんだ言い方に、めぐみは体を硬直させた。純一のあまりの豹変振りにめぐみは怯えながら話を続ける。


 「う、うん……ただ、ちょっと、純一は私と出会う前には、どんな仕事をしてたのかなって、気になっただけ。あなたあまり昔のことを話してくれないから……」

 

 めぐみの言葉に純一は新聞に目を戻し、吐き捨てるように言った。


 「俺は大学卒業後からずっと今の会社だよ」


 「うそっ」思わず口から飛び出しそうになる言葉を何とか押さえ込む。


 「ごめんなさい、変なこと聞いて……」言葉とは裏腹にめぐみの中では疑念が大きくなっていく。メールの中の純一、そして目の前にいる純一のずれ。何かがおかしい。

 めぐみは素知らぬふりで入れたての紅茶をすすったが、味わっている余裕はなかった。

 

 純一の顔は新聞を向いているが、視線だけはめぐみの様子を伺っている。鋭い眼光から発せられる、刺すような視線に耐えることができなくなっためぐみは席を立った。


 「明日、会社早いから、今日はもう帰るね」


 「なんだ、今来たばかりじゃないか。もっとゆっくりしていったらどうだ」

 

 今までのやさしさが消え、台本を棒読みするような口調で純一が話す。


 「う、うん、でもホントに今日はもう」

 

 テーブルに置いたハンドバッグをもって玄関に向かう。なんだろう、すごく怖い。

今すぐにでも走り出したい気持ちを抑え、早足で歩く。


 「そうか、じゃあそこまで送るかな」

 

 そういって純一も席を立った。いつもやることだけやったらさっさと帰れといわんばかりに、タクシー代を渡してそれっきりなのに。


 「どうしたの?今日はやけにやさしいのね」

 

 違う、やさしいのではない。彼は私を帰したくないのだ。

めぐみは自分の声の震えに純一が気づいたのではないかと、不安で仕方がなかった。

 純一の様子を伺いながら、少しずつ玄関までの廊下を進む。扉まであと3メートル。


 「なに言ってるんだよ。俺はいつだってヤサシイだろう」

 

 ソファーを立った純一が大またで近づいてくる。その間にもめぐみは玄関で自分の靴に手をかけていた。

 急いでパンプスに足を入れる。かかとがきちんと収まらないまま扉に手をかけた。


 「まてよ!」怒気をはらんだ声を上げ、純一がめぐみの腕をつかんだ。「おまえ、まさか何か気づいたんじゃないだろうな」


 「放してよ!」

 

 めぐみは純一の腕を振り払おうとするが、逆に両腕を捕まれ壁に押さえつけられてしまった。数センチとは慣れていない距離で純一の鋭い瞳がめぐみをとらえた。

 

 怖い。

 

 めぐみを見つめる血走った目。めぐみはこの目を知っている。








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