第8話 就職活動
次の日、純一は早速A社の営業所のはいったビルの前に立っていた。
各地に営業所がある中でも、駅前の中心部にあるここのオフィスは本部の役割も担っているのか、フロアも大きな面積を取っているようだ。
勢いに乗ってここまでは来てはみたものの、いざ扉の前に立つと緊張で足が動かない。
まったく経験もないのにいきなり飛び込みで働きたい、なんて言って本当に雇ってくれるのだろうか?そんな思いが心をよぎる。しかしここまで来てしまった以上行くしかない。
純一はめぐみを信じることで、その不安を振り払った。
もって来た履歴書を握り締め、扉をノックしようとした。純一の拳が扉に当たる直前、扉が開き中から飛び出てきた男とぶつかりそうになる。
「あっ、すみません」
純一が謝るが、男は無視してそのままエレベーターのホールへと行ってしまった。
どこかで見覚えのある男だった。特徴的なねずみ色のスーツにあの目つきの悪い顔。そうだ、レンタルビデオ屋のバイトのときに毎週アダルトビデオばかりを借りていたあの男だ。
あの男ここの社員だったのか、どおりで高級そうな身なりをしていたはずだ。
純一は男が見えなくなるまで見送ると、気を取り直して扉の前に立った。今度こそと思ったそのとき、扉はふたたび開き、今度は二人の男が話をしながら出てきた。
男たちは純一に気づかず話を続けた。
「……あいつもバカだよな、会社の金を使い込んだらしいぜ」
「それで、これか」
男は自分の首を切る仕草をして笑った。
あいつとは今出て行ったアダルトビデオ男のことだろうか。そんなことを考えていると、男たちは純一がいることに気づき口をつぐんだ。
一瞬まずいところを見られた、という顔をしたが、すぐに営業独特のスマイルを浮かべて、話しかけてきた。
「いらっしゃいませ、何か当社に御用でしょうか」
人のことなど気にしている場合ではなかった。純一もすぐに気を引き締めて、当初の目的を口にした。
「あ、あの、こちらで求人などは募集していないでしょうか。あの、この業界に興味があって、あっあの、履歴書も持ってきたんです」
かばんから履歴書を取り出す純一に対して、男は申し訳なさそうに言った。
「すみません、今のところ求人は行っていないんですよ」
「人事の方とお話くらい……」
何とか食い下がる純一に対し、やんわりと、しかし断固とした姿勢で男は退去を促した。
*
結局、純一は話を聞いてもらうことさえできないまま、家へと戻ることになった。
帰り道の足取りは今までの人生でもっとも重い。
めぐみにはもちろん、「相手にされなかった」などメールすることはできない。無用な心配を与えたくはない。
こんなことで本当に就職できるのだろうか、A社への就職は今日のことでかなり難しくなったと言える。
もう、この際なんでもいいから仕事を見つけなくてはいけない。めぐみに出会うときに『無職』というわけにはいかないだろう。純一はA社からの帰り道、コンビニでありったけの就職情報誌を買って家に帰った。
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