第2話「クラスメイト」

「私ね、今年開催の、市のアニメイベントに出演することが決まりました」

「は?」


 同じ高校に進学してしまったからには、俺はどこへも逃げることができないのだと察する。

 家では妹、学校に行けば音楽ユニットを卒業するボーカリストとのご対面。

 朝から頭が痛いのは、気のせいじゃないと思う。


「デビュー前の彩星あやせに、なんのメリットがあるかわからないんですけど?」

「顔と知名度?」

「顔がいいだけで、声優になれると思ったら大間違いだからな」


 一応、彩星と席が隣り合っているという展開にはなっていない。

 席が離れているはずなのに、ほとんどの休み時間に顔を覗かせにやって来る彩星は暇人なのかなんなのか。

 俺は隙間時間を使わなきゃ頭の良さを維持できないのに、彩星はするりと俺の成績を乗り越えていく。

 そんな器用さある元相方と言葉を交わしながら、次の授業の予習をしていく。


「仕事があるって……ありがたいことだよね」


 彩星が、寂しそうに呟いた言葉。

 これが、嫌なくらい脳裏に焼きついてしまった。



「当然! 俺は仕事したくてもできないんだから」

「あはは、それは新しいボーカルを見つけてくれとしか言えない」

「笑うな」


 俺たちのやりとりは、いつもと変わらない。

 でも、彩星の声に、いつもの元気がないのは聞けば分かる。

 ほんの些細な変化にすら気づくくらい、彩星の声に耳が馴染んでしまっている自分が嫌だった。


「偉い人たちは、彩星は自分たちのおかげで誕生したんだ! って自慢したいんだよ」

「税金の使い道は、やっぱり正しかったってことを行政は証明したいんだよねー……」


 ちなみに俺は、市が開催するイベントに招待はされていない。

 ボーカルのいない作詞作曲家には、用がないってことを思い知らされた瞬間だった。

 ボーカルがいない作詞作曲家には、ステージ上で披露するものが何もないって宣告された瞬間だった。


「私、郁登いくとくんが、大人たちに利用されるの……嫌だな」

「話、聞いてたかー。俺は招待されてないんだって」


 教室には人々に活力を与えるための太陽の光が差し込んでくるのに、心は重く沈んでいくばかり。

 平生を装っているものの、彩星と言葉を交わし合うのは怖い。

 この当たり前が、高校を卒業した途端に消えてしまう。

 いつか消えてしまう当たり前に、当たり前という名前はつけたくない。


「郁登くんは、守られたってことだよ」


 教室のざわめきを、遠くに感じた。

 心の中では、彩星の言葉が何度も繰り返されていく。


「俺は守ってもらうより、仕事がしたい」


 大人たちに利用されるのを拒んでいた頃があったはずなのに、こんな風に需要が一気になくなると藁わらにも縋すがりたい気持ちになってくる。

 それだけ弱いとも言えて、まだ弱音を吐いてもいい年齢だと囁く誰かの声が聞こえてしまうから嫌になる。


「私、郁登くんを守りたい」


 しっかりと視線を合わせて、彩星は手にぎゅっと力を込めた。


「だったら、ボーカルに戻ってきてください」

「それは、お断りします」

「なんでだよ!」


 大型新人としてのスタートを切るための準備が整っている彩星に、後れを取ってしまったと焦る日々。

 曲を書くことに徹することで、焦りを消し去ろうとしても実績が残せない趣味は不安が募るばかり。

 あんなに楽しんでWebに音楽を上げていたときの感覚を、だんだんと忘れてしまっているところがもっと恐怖を煽って来る。


「私が出演するアニメの主題歌、楽しみにしてるね」


 まだ、まだ、自分にはチャンスがあると思っていた。

 俺の世界を変えてくれた彩星と、一緒に仕事をしてみたい。

 まだまだ、そんな気持ちがあったけど。それは、叶わない夢となってしまった。


「……それまで、俺、生き残れるかなー」

「私が選んだ作曲家さんだよ? 生き残れるに決まってるよ」


 強気な姿勢で、目にはきらりとした光を浮かべられる彼女は、やっぱりプロなんだなってことを思った。


(世の中、需要と供給で成り立っている……)


 その言葉の意味を噛み締めながら、いつも通りの日常が訪れているって頭に思い込ませていく。 


(俺だって、芸能の道に進む彩星を守ってやりたいけど……)


 高校生という年齢で夢を叶えてしまったからこそ、あと何十年もアニメ・ゲーム業界で生き残っていかなきゃいけないという不安が付きまとう。

 何十年も今の人気を維持するっていう無理ゲー的な展開をもたらす自信のなさだけはあるなんてかっこ悪い。。


「私は、いつだって郁登くんの書く音楽が大好きだから」

「そりゃ、どうも」


 作詞作曲家として食べていきたい気持ちは本物。

 でも、彩星がいなくなったGLITTER BELLグリッターベルに需要があるのかっていう不安がつきまとう。

 本物の気持ちと本物の気持ちがぶつかりあって、自分がこの先どうしていきたいか分からなくなる。


(我ながら、呆れる)


 青春独自の発想なのか。

 そんな青春ならではみたいな思考に囚われながら、俺は今日も彩星が相方ではなくなった高校生活を送っていく。


「書かなきゃ、需要は生まれないよな……」


 授業を受けるために登校したはずだけど、頭の中を楽曲というかたちになる前の音符たちが占めていく。

 それらを並べて音楽にしなければいけないけど、それらは音楽になる前に頭の中から消えてしまう。


「新曲、書けてない……?」

「あー……」


 さっさと声優部に行けばいいのに、手元の真っ白なノートに気づいていくから質が悪い。

 見られて困るものは書かれていないはずなのに、彩星は朝から放課後まで曲作りに煮詰まっていた俺のことをいとも簡単に見抜いてきた。


「さっさと部活、行ってこい」

「はーい」


 誰かに必要とされない音楽なんて、やめようって思ってしまう。

 だけど、また楽譜が書きたくなってくる。

 でも、彩星の欠けたGLITTER BELLは音を奏でてくれなくなった。

 それらを繰り返すだけで、あっという間に高校生活は終わってしまうのかもしれない。

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