蓼食う虫



「こんばんは。」


「ああ。毎度ながらお待たせ。」



 いつもの時間。

 いつもの駅。


 いつもどおり待っていた高森と、

 いつもの駐輪場で合流する。



 というか……。

 


 そろそろ冬本番だし。

 そもそもこんな所で待たせるのも不用心だし。


 今更ながら、良くないよな……。

 いい加減、何か対策すべきかも知れない。



「……。」


 

 でも、かと言って「待ってないで早く帰れ。」なんて、もはや言えなくなっている自分もいるわけで――



「……どうかしました?」



 ――で。結局。

 高森に不思議そうな顔で見上げられる……と。



「いや。何でもないよ。」


「……何か、固まってる感じだったので。」


「ごめんごめん。じゃ、帰るか。」


「はい……あ。でも忘れる前に。」


「?」



 高森が鞄に手を入れて、何かを取り出した。


 ……あぁ。そうか。

 忘れてた。



「はい。タッパーお返ししますね。ごちそうさまでした。」


「いや……『ごちそうさま』も何も。中身は高森が作ってくれたんだろうに。」


「ふふっ。まぁ、そうなんですけどね。」



 そんな話をしながら、差し出されたタッパーを受け取って、鞄に入れようとして……タッパーがことに気づいた。



「……あれ?何か入ってる?」


「昨日、クッキー焼いてみたんです。少ないですけど、よかったら。」


「へぇ……。じゃ、遠慮なくいただくよ。ありがとうな。」


「どういたしまして。では……今度こそ、帰りましょうか。」


「ああ。」



 やれやれ。

 

 週末は食事を作ってもらって。

 今度はおやつまで作ってもらって。


 何か最近、胃袋を掴まれつつあるよなぁ……。

 



 ……冗談抜きで。




  ◇◆◇◆




「……で、今日もそれか。」


「はい。」



 貰ってばかりでは、申し訳ない。

 ということで、自販機で飲み物を調達した。


 ……もちろん高森は、コンマ数秒と迷うことなく即決。結果、高森の手の中にはいつもの『ホットゆず』がある。

 

 どんだけ好きなんだ……?

 それ。



「ホントに一切迷わず、それ選ぶよな。見ていて気持ちがいいくらい。」


「ふふっ。大好きですから。」


「でもさ。温かい飲み物といえば、ココアとかミルクティーとか……あと、おしるこ缶?とか。『たまには他の飲もうかな?』とか、思ったりしない?」


「ん……そうですね。とりあえず『ホットゆず』があったら、それ一択です。無かったら迷うかもしれませんけど。」


「ブレないねぇ……。」



 つまり、他のホットドリンクが嫌いなわけではないけど、『ホットゆず』があれば、それ一択ってことらしい。


 一途というか。

 中毒というか。



「でも、幡豆さんだって必ずコーヒーですよね?」


「俺?」


「はい。」



 今、俺の手の中には微糖の缶コーヒー。


 いや高森と違って、変化してるぞ?俺は。確か、前回はブラック無糖、その前はカフェオレだった。……どこまで行っても、コーヒーには違いないけど。



「ココアとかジュースとか、飲んだりしないんですか?」


「飲むよ?……というか、ウチにココア置いてあったの、知ってるだろうに。」


「あぁ。そういえば。紅茶とか、昆布茶までありましたっけ。」


「そう。」



 よく覚えてるな……さすがの記憶力。


 ……ちなみに昆布茶は、「調味料的にも使えて便利だから。」って元カノに言われてストックして、そのまま放置されてるだけだったりする。なので、実は全く飲んでないんだけど。



「じゃ逆に、夏はどうするんですか?」


「夏?」


「はい。夏です。暑い日でも、やっぱりコーヒーですか?」


「あぁ……どうだろ。それは迷うかも。」



 良く冷えたカフェオレは美味しい。夏にアイスクリーム食べると、熱々のブラックコーヒーも飲みたくなったりする。つまり、夏でもコーヒーは美味しい。


 でも、やっぱり真夏に飲むなら――



「……炭酸飲料サイダーは外せないな。良~く冷えたやつ。」


「ですよね~。」



 何やら嬉しそうに頷く高森。



「体育の授業後に自販機で買う炭酸飲料サイダー、最高に美味しいんですよね~。」


「あ~。わかるかも。沁みるよな……。」


「はい!」



 でも……。

 実はその感動、俺は味わったことない。


 その感覚味わえるのって “昼休み前の時間割が体育” っていう、ラッキーなクラスの連中だけなんだよなぁ……。



 俺のいたクラスは違った。当然、すぐに次の授業が始まってしまうから、ゆっくりジュース飲む余裕なんて、無かった。


 だから……憧れ?だけがある。



「でも……そっか。じゃ、夏場の好みは似てるのか。俺たち。」


「そうですね。」


「『ホットゆず』売ってないし?」


「はい……。そこだけは毎年、不満ですけど。」


「ははは。」


「むぅ……。」



 俺が笑うと、一変して口をとがらせる高森。


 でも、こればっかりは仕方ないさ。真夏に『ホットゆず』売っても、たぶんあまり売れないもの。


 当然、メーカーだってそこは弁えてるから、通年販売はしない。残念だけど、それはあきらめろ。高森。



「でも……逆に。今は無理だな。炭酸飲料サイダー。」


「……そうですね。想像するだけで、余計に寒くなってきました。」


「だな……。」



 ……そう。

 今は12月。


 しかも、寒風吹きすさぶ真冬の夜の帰り道。ここで炭酸飲料サイダーなんて、きっと罰ゲーム以外の何物でもないだろうな。



「でも……。」


「ん?」


「夏になったら、一緒に飲みましょうね。炭酸飲料サイダー。」




 ――不意打ちだった。




 ドキッとして、思わず息をのむ。


 え?それは……どういう意味で……?

 それまでずっと一緒にいようとか、そういう――




「幡豆さんがどれを選ぶか、楽しみです。」




 ……危ない。

 


 落ち着け……俺。

 単純な好奇心だったらしい。


 いや。

 俺が変に意識して曲解しただけか?

 



「……そうだな。」

 


 とりあえず、何とかそれだけを返す。


 本当は会話が途切れないように、何かもう一言添えたかったけど。でも、今しゃべると余計なこと言いそうなので。必死で抑えた。



「はい。」



 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか。高森からの返事も、その一言だけだった。



 ……。



 二人で肩を並べて歩く。

 特に話をするでもなく、ただ歩く。

 

 それだけなのだけど。

 

 



 今は、この距離感が心地よいと思えた。



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