クリスマスの過ごし方



 ……突然だけど。 

 世の中には大きく分けて、2種類の人間がいると思う。


 周りの目なんか気にしない、自分のやりたいことに没頭できる人間と、そうでない人間だ。



 ……俺は、どっちかというと後者なので。人目がある所ではつい周りが気になってしまう。


 だから思いどおりの行動なんて取れないし、結局何かと上手くいかない。



 一方、前者の代表的な人物として、わが同僚である敬太を挙げることができる。奴は、勤務中でも平然とスマホを触るし、会議中でも堂々とガムを噛むし、必要とあらば上司にだって平然と刃向かう。


 ……その割に、何故か食堂の定食にだけは従順だけど。何が出てきても文句も言わず食べ続けるし。何か、おばちゃんたちに、弱みでも握られているんだろうか?



 ……。



 話を戻そう。


 その「やりたいことに没頭できる人間」の代表たる敬太なんだけど、さっきからずっとスマホを触っている。


 具体的には、昼休みになって、本日の日替わりメニュー『皿うどん定食』の乗ったお盆を持って、俺の向いの席に現れて、そのまま一切箸をつけることなくスマホを取り出して。


 そこから、現在まで。

 ずっとスマホに夢中だ。



 ……いや、悪いこと言わないから『皿うどん』だけでも、速やかに食べたほうが良いと思うぞ?


 あんまり放っておくと、揚げ麺が水分を吸ってグズグズになって、不味くなるのが目に見えている。まして、出来たての時点で既に「美味しい」かどうか疑問符がつくってのに――



「……っしゃぁっ!!」


「ぉぅっ!?」



 ……などと考えていたら突然。

 奇声とともに、敬太が顔を上げた。


 あぶねぇ。

 お茶、吹くところだったぞ……。



「見ろよ!これっっ!!」


「?」



 自慢げに敬太が示すスマホを、ウンザリしながら覗き込む。そこには……。



「★クリスマス・ディナー付きプラン★ 高層階のお部屋から都心の夜景を見ながら、素敵なディナーをお楽しみください……?」


「しかも、スイートルームだっ!」


「……さっきから熱心に何してんのかと思ってたけど、何だ。旅行の予約か。」


「何だとは失礼な。このプランは、恐ろしい競争率を勝ち抜かないと予約の取れない、何とお客様満足度127%を誇る特別コースなんだからな?」


「平然と上限突破してんじゃないか……。+27%分の内訳を知りたいわ。」



 ……。



 つまるところ敬太は、あかねさんと過ごすデートプランを予約すべく、さっきから周りの目も気にせず(麺がグズグズになるのも厭わず)、スマホにかじり付いていたらしい。



「ランチの店も既に確保した!最高のプレゼントも用意した!これでカードは揃った!!」


「準備がいいことで……。」


「……。」



 そこで敬太は、何故か呆れたような顔。

 何だ?



「?」


「いや……お前さ。もうちょっと気合入れろよ。」


「俺?」


「そうだ。お前だよ。」



 何を言っているのかわからない。


 どうでもいいけど、クリスマスの予約が片付いたなら、さっさと目の前にある、食った方がいいと思うぞ?


 ……既に手遅れかもしれないけどな。



「彼女さんとの初めてのクリスマスなんだろ?まさか、何の準備もしてない訳じゃないだろうな?」


「いや……そもそも彼女なんて。」


「まだトボケるか……。いや、まぁ百歩譲って、まだ彼女じゃないとしても、だ。クリスマスだぞ?恋人たちの夜だぞ?頑張らないで良いわけないだろうが。」


「何をだよ……。」



 はぁ……全く。

 

 こういう時、妙に熱くなるのは敬太の悪いクセだと思う。声のトーンを落とせ。声のトーンを。



「何を頑張るかって?決まってるだろ?完璧なシチュエーションを準備して、そして『今夜は寝かさないぜ?』って言うんだろうが!」



 ……どこの昭和ドラマだ。

 それ。


 あと、少しは周りの目を気にしてもいいんじゃないか?そろそろさ。



 ……しかし、敬太。

 決定的な一言を放って曰く。



「何しろ、一晩中だぞ?……鍛えとかないとなっ!」


「黙れ色ボケ。」



 ……何を?などとは。

 口が裂けても聞いてはいけない。


 まだ真っ昼間だからな……。




  ◆◇◆◇




 昼はあれから、何とか敬太を宥めすかして、それでも食い下がる敬太に嘘八百並べ立てて、何とか無事に昼休憩を終えた。


 ……ちなみに。


 その間もずっと放置され続けた『皿うどん』は、最早「グズグズ」を通り越して「デロデロ」になっていたけど。


 敬太は心底嫌そうな顔をしながらも、残さず完食していた。やっぱり、弱みでも握られてるに違いない。



 しかし……さて。



(クリスマス……ねぇ……。)



 そりゃ、敬太ほど必死になれる気はしないけど。


 でも、もし恋人がいるなら、きっと俺だって色々考えるさ。楽しいクリスマスを過ごせるように、できる限りの準備はするさ。



 けど……ね。



(クリスマス……か。)



 高森と一緒にクリスマスを過ごせたら……なんて。そんな想い、全くないといえば嘘になる。


 いや。当然だろ。ここまで自覚してしまった以上、自分の気持ちを誤魔化すにも限界がある。



 ……でも。

 


 実際のところ、それはやっぱり “高望み” が過ぎるだろう。俺と高森の関係は、家族でも恋人でもないのだから。


 というか、そもそも今年のクリスマスは平日だし。高森は既に冬休み中だろうけど、俺は普通に仕事あるし。



(まぁ……普通に考えて、無理だわな。)



 ……ちなみに敬太は、イブから明けまでガッツリ3日間、有休を取るとのこと。



 爆発してしまえ。




  ◆◇◆◇




「うわぁ……いいなぁ……。彼女さん……。」


「……?」


「この間、テレビで紹介されてましたよ?そのレストラン。夜景と料理の素晴らしいお店って。」


「へぇ……。」



 いつもの帰り道、昼間の出来事を高森に話したところ、高森が感心したように食いついてきた。


 そっか。そんなに有名な所だったのか……。全く知らなかった。



「カップルシートに座って眼下に広がる夜景を見ながら、一流シェフの作る創作イタリアンを楽しめるんだそうです。」


「やけに詳しいな。」


「それは……ほら。やっぱり憧れるじゃないですか。そういうシチュエーション。なので、スマホで調べたりとか……。」


「なるほど。」



 高森にも、夢見る乙女な一面があるらしい。



「でもお値段見ると、一気に現実に引き戻されちゃうんですけどね……。」


「そうなの?」


「はい。言いませんけど。」


「……ヒント。」


「そうですね……。私なら2か月は食べていけます。たぶん。」


「わははっ!なるほど!」



 思わず笑ってしまった。


 高森の食費がどの程度か知らないけど、少なくとも数万円オーダーだろう。さすがのお値段に、夢見る乙女だって現実に引き戻されるらしい。



 ……っていうか。



 金額を「食費○か月分」に換算してしまうのって、『一人暮らしあるある』だな……。


 やっぱり高森って高校生っぽくないっていうか。良くも悪くも、所帯じみてるよな。



「そう考えると……やっぱり、私はささやかにお祝いするくらいが、一番安心できるかもしれませんね。」


「ささやかに?」


「はい。家で一緒にケーキを食べて、プレゼント交換して……。そんな感じです。」


「一気にお手軽になったな。」


「はい。でも、幸せだと思うんです。そういう『ささやかな』って。」


「そうだな……。」



 それは、俺もそう思う。


 そりゃ、たまには。

 ドキドキ・ワクワクがあっても良いけど。


 でも、好きな人と二人で過ごす静かに時間ってのも、幸せの一つの形だと思う。




 ――いつか、高森と。

 そんな時間を過ごせる日が来るだろうか。




 ……頭の片隅で、ついそんなことを思ってしまう。


 うん。やっぱり……。

 もう、引き返せない所まで来てしまってるな。


 「あくまで他人」とか「保護者的な立ち位置で」とか、何だか散々迷ってきた気がするけど。



 今回ばかりはハッキリ自覚せざるを得なかった。


 俺、高森が好きなんだ。



 


 ……そろそろ、

 自分の気持ちを誤魔化すの、限界かもしれないな。




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