家計における自販機とは
「もうすぐ期末テストなんですよね……。」
いつもの帰り道。
高森が少し残念そうに口を開いた。
「そっか……。期末テストって、こんな時期だったっけ。」
……まことに残念ながら、俺の高校時代なんて遥か昔すぎて。2学期の期末テストがいつだったか?なんて正直覚えていない。
でもま……。
2学期は12月で終わりだから、11月下旬に「期末テスト」ってのは妥当なトコか?と思う。
「テスト勉強は順調?」
とりあえず、定型的ながら話題を振ってみる。
と言いつつ、隣を歩く高森は毎日放課後に自習室へ通って勉学に勤しむ優等生。きっと抜かりはないだろう……と、思うのだけど。
「まぁ……ぼちぼち、という所でしょうか。でも期末は音楽とか家庭科とかあるので……。憶えることが多すぎて、頭パンクしそうです。」
「あ~。そうだったかも。」
そうだったなぁ……。
完全に忘れてた。
たしかに期末テストって、中間テストよりも科目数が増えるから、大変だった記憶は確かにある。
「家庭科か……。高校の家庭科って、どんな内容だったっけ?」
「ライフスタイルとか、家計とか、今学期はそんな感じですね。」
「……そんなの習ったかな?俺。」
何となく調理実習やったり裁縫したり……そういえば1回だけ「保育の実習だ。」って、近所の保育園に行ったような。そんな記憶だけ残ってる。
だけど、高森の言うようなお堅い内容は……残念ながら、全く記憶にない。
「幡豆さんが習った頃と、教科書が変わってるのかも知れませんね。」
「いや……多分、俺が忘れてるだけ。」
「それはちょっと問題かもですけど。」
「自信を持って否定できないのが、ツラいなぁ……。」
……まぁ、言い訳させてもらえるなら。
だって10年近く前に習ったきりだし。その後の大学受験とか、就職活動とかで、そんなの全く使わなかったし。
だから忘れてしまったとしても、その辺はご容赦いただきたい所だ。
ごめんなさい。俺を指導してくれた家庭科の先生。……先生の名前すら忘れてしまいましたけど。
「幡豆さん、成績良かったですか?」
「いや。正直イマイチだった。特に暗記科目は壊滅的。英語とか、世界史とか。」
「あれ?意外ですね。」
「いや、妥当だろ。優等生キャラに見えるか?俺。」
「優等生かどうかはわかりませんけど……。でも、真面目そうですし。」
「ん~。まぁ……一応、真面目に授業は受けたと思うけど、成績が良いかどうかは別問題。」
「……別問題?」
「ああ。とにかく物覚えが悪いんだよな、俺。」
「……たしかに幡豆さんって器用貧乏?って感じ、しますね。」
「それ……馬鹿にしてるよな?」
「あはは……。ドンマイです。」
「……。」
……まったく。何ということか。
すっかりナメられたもんだ。
でも正直言って、事実だって自覚もあるから……何だか余計に腹立たしいやら、情けないやら。
「そういう高森は?……まぁ、心配するまでもない気がするけど。」
「一応、今のところ学年上位はキープしてますよ?……親がうるさいので。」
「あ……そっか。そうだったな。」
高森の家庭環境を思い出す。
しまった……。
踏み込んではいけない話だったか。
「じゃ……頑張ってる優等生さんに、ご褒美か。」
ちょうど目の前に自販機があることに気が付いて、やや強引ではあるものの、話題を逸らすことにする。
「飲みながら帰ろ?どれがいい?」
「じゃ、これが良いです。」
高森の指さす先には……これまた、いつだったかと同じ『ホットゆず』の文字。
「一瞬たりとも迷わず即決とか……。よほど好きなんだな、これ。」
ボタンを押して、スマホをかざす。“ゴトン” という音を確認すると、落ちてきたボトルを拾って高森に渡した。
「ありがとうございます……。」
高森は、両手でホットゆずのボトルを受け取ると、そのままホッカイロのように胸の前で抱きしめた。ちょっとあのボトルが羨ましい……。
……って。
いやいや。
何を考えてるんだ俺は。
高森の姿にすっかり気を取られていた自分に気づいて、慌てて意識を現実へ引きずり戻す。いかんいかん……。
……とりあえず誤魔化しも兼ねて、自分用の缶コーヒーを確保すべくボタンを押す。
「そう言う幡豆さんも。それ好きなんですね。」
高森から言われて、気づく。そういえば前回も全く同じのを買ったかも知れない。特に意識してのことではなかったんだけど……。
「それ、美味しいんですか?」
「ん~。このコーヒーにこだわりがある訳じゃないけどね?正直、缶コーヒーなんて大体どれでも似たような味するし。」
「そうなんですか?私、あまりコーヒー飲まないので。」
「そうなの?苦手?」
「そういう訳じゃないです。単純に、家に置いてないので飲む機会がないだけで。」
「へ~。じゃ、カフェオレとかも?」
「飲んだことが無いわけじゃないですけど、他のを選んじゃうことが多いですね。紅茶とか、ココアとか。」
両手の中で転がしていたホットゆずに視線を向けながら、高森がそう答える。
「そっか……。」
……やれやれ。
とりあえず、高森に見とれてた事はバレなかったらしい。あと、暗い話題になりそうな展開からも脱出できた。
じゃ……。
「……帰るか。」
「はい。」
再び、二人して自転車を押して、歩き出す。
……と。
「あ。そういえば。」
思い出したように高森が口を開く。
「さっき話した家庭科の授業内容、家計に関する話もあるんですけど。」
「……家計?」
「はい。計画的な支出とか、衝動買いは避けるべきとか。そういう。」
「……。」
何か、嫌な予感。
「つまり、思いついたときに自販機で飲み物を買っちゃったりする習慣は、家計的には見直しの余地あり、らしいです。」
やっぱりそういう話か。
……まぁ、それほど無駄遣いはしていないつもりだし、家計は逼迫していないから別にいいと思うけど。でも、やっぱりそこまでハッキリ言われると、少しは気にしなきゃいけない気もする訳で……。だけど。
「幡豆さん、ドンマイです。」
……。
頭の中で必死に組み上げた
アレやコレやの言い訳は。
たった一言でバッサリ斬り捨てられた。
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