良い友達



「……。」


「……。」



 ……今日の高森、何だか雰囲気が重い。



 普段なら、俺が何か言う前に高森の方から話しかけてくるのに。学校での出来事だったり、ちょっとした愚痴だったり。


 なのに今日は……それが無い。


 隣を歩く見慣れた横顔に、取り立てて沈んだ表情は感じられないけど……。



 ……でも。


 世の先輩方と比べたらまだまだ未熟ながら、これまでの人生経験で何度も痛い目を見てきた。だから知ってる。


 女性のポーカーフェイスと演技力を、侮ってはいけない。


 彼女らは、表面上は笑顔を振りまいておきながら、心の底では怒っていたり泣いていたりする、実に困った生き物なのだ。油断してると……後で痛い目を見る。



「……。」



 とはいえ、だよなぁ……。

 

 じゃ、そういう時に何て声をかけるのが正解か?って、肝心なそれが解らない。それが解るならきっと苦労してない。



 ……で、結局。

 歩いて、歩いて、ただ歩いて。


 今に至る。



 そろそろ帰り道も半ばに差し掛かるし。いい加減、沈黙に耐えられなくなってきたし。


 やっぱり、こっちから声をかけなきゃダメかな……。



「その……。何か、あったのか?」



 うわ……。


 

 ……ようやく腹は括ったものの。俺の口から出てきた言葉は、そんな判で押したような問いかけ。


 これだから俺は “モテない男” なんだなぁ……。泣きたくなってきた。



「いえ?別に何も……。」



 ほら。そりゃ、そうなるわな。

 当然帰ってきた高森の言葉は、否定文。


 ……だけど。


 ほんの少しだけ、声のトーンがいつもより低い気がした。たぶん、それは気のせいじゃないと思う。

 

 

「『何も』って感じじゃないから、聞いたんだけど……ね?」


「……。」



 高森が再び沈黙する。


 うん。ここはたぶん、この問いかけで正解。よくやった、俺。


 あとは……先ほど問いかけた「何か」が、でないことを祈るばかりだ。



 ……。



 高森はそのまま、ひとしきり沈黙したあと……ようやく口を開いた。


 

「実は……今日。その……お手紙を、貰っちゃったんです。」


「お手紙……ラブレター?」


「……はい。帰ろうと思って下駄箱を開けたら、そこに……。」



 ……。



 ふぅ。よかった……。とりあえず不機嫌の原因は、俺じゃなかったらしい。

 

 ホッとした。

 ホッとしたけど。

 


 ……でも。



「そっか。手紙には、何て?」


「そうですね……。要約すると『ずっと好きでした』『付き合ってください』という感じでしょうか。」



 ……いや。大抵の「ラブレター」を要約したら、そうなるだろうさ。


 それ以外が書いてあるラブレターがあるなら、逆に見てみたいよ。



「……それで、終わり?」


「いえ。それで……明日の昼休み、校舎裏に来てほしい……と。」


「なるほど。」



 何だか「校舎裏に」ってのも、また典型的というか古典的というか。

 

 でも……差出人くん?実は校舎裏って、誰かに見られるリスク高いんだぞ?校舎に隣接してるから。その辺のトコ、ちゃんとわかってるか?わかってないんだろうなぁ……。



「相手は、知ってる子?」


「一応……同じのクラスの人ですけど。あまり話したことはないです。」



 ……。

 


 同じクラスなのに “下駄箱にラブレター” ってあたり、雲行きが怪しいな……とは思っていたけど。


 つまり、高森と差出人くんは、普段からグループ組んで連絡取り合うような仲ではない、と。


 加えて、さっきからの高森の喋り方、雰囲気。導き出される結果は、明らかだけど……。ま。一応、聞いてみるか。



「で。どうするの?」


「お断りするつもりです。」



 だろうね。即答だ。


 勇気を振り絞って手紙を書いた差出人くんには同情するけど、ちょっと分の悪い勝負だと思うよ。


 今のご時世、メッセージすら気軽にやり取りできてない相手に、いきなり告白ってのは無謀だろうさ……。



 でも。



「ただ、どう断ったらいいのか……悩んでて。」


「同じクラスだもんな。」


「はい。あまり嫌な感じになるのも困りますし……。明日が憂鬱です。」



 そう。問題はそこだ。


 無下に断って、クラスの中での関係がギクシャクするのは、高森としても避けたい所だろう。


 でも、だからと言ってハッキリ断ることができないまま、ズルズル引きずられるのも困る。 “同じクラス” っていう、中途半端な関係性があるから厄介だよな……。



「ん……。まぁ、何だ……。あまり抱え込むなよ?友達に相談するとか、さ。」


「はい。一応、明日は友達も同行してくれます。」


「あ。そうなんだ。それは心強いね。」



 ほう……。こんな状況で、一緒に付いて行ってくれるって?


 だとしたらその子、何気に凄いと思う。

 友達思いというか、勇敢というか。



「そうですね……。いつも助けてもらってます。しばらく、足を向けて寝られません。」


「だな。大事にしたほうが良いぞ?その友達。」


「はい!もちろんです。」



 どうやら高森、良い友達に恵まれているらしい。


 今まで、そういう “親しい友達” の話って聞かなかったけど……。家庭環境が厳しそうなだけに、その子の存在って高森にはすごく大きいと思う。良い事だよな。



 ……。



 やがて高森は、その友達とのエピソードを少しずつ話し始めた。


 先ほどとは違って、声のトーンもいつもどおり。変な違和感もなくなった。ようやく取り戻すことができた、いつもの帰り道。


 まだ顔も知らないその友達さんに、俺はこっそり感謝した。

 



 ……。




 でも、どんな子なんだろう?



 高森の話に相槌を打ちながら。

 頭の片隅で、そんなことを思っていた。


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