何かの縁


 いつもの朝。

 いつもの駅。

 

 いつもの駐輪場。



 その駐輪場の、いつもの場所に。

 俺は自転車を止めた。

  

 ……別に、意識してこの場所を選んだわけではないのだけれど。でも最近、ほぼ毎日この場所に自転車を止めている気がする。



 そして、ふと隣のスペースを見れば。

 そこには見覚えのある自転車。



「高森の……か。」



 小さな駅の、小さな駐輪場。

 誰がどこに置くか、決められてはいない。


 でも、何とも不思議なもので。季節が進むにつれて、何となくそれぞれの “指定席” のような場所が決まってくる。


 

 だから何となく、俺は毎日この場所に自転車を置くようになって。そして気づけば隣には、いつもこの自転車があった……と思う。


 即ち、それが高森の自転車。



「……。」



 そんな小さな発見を頭の片隅に留めつつ、

 改札へと足を向けた。




   ◆◇◆◇




「そりゃ自然なことさ。人間だって生き物だし。縄張り意識の延長みたいなもんだと思うぞ?」


「縄張り……?」



 昼休みの食堂。

 

 向かいの席でハンバーガーを頬張る我が同僚こと、新所原しんじょはら 敬太によれば。


 何気なく話した俺の “小さな発見” は、そういう解釈になるらしい。



 ……ちなみに言えば。


 敬太には “あかねさん” という恋人がいたりする。前に聞いたところによると、何でも「大学院で心理学を専攻する研究員さん」とのことで。……そんな恋人さんの影響なのか、敬太自身もその方面の知識に詳しかったりする。



 ……ちなみに言えば。パート2。

 

 コイツの苗字は「しんじょ『は』ら」と読む。間違って「しんじょ『ば』ら」と読むと、何故か烈火のごとく怒るので、注意が必要だ。

 

 そんなわけで……入社式で知り合って早々、コイツを呼ぶときはの「敬太けいた」の方が楽だと悟って、今に至る。


 以上で余談終わり。



 ……で。

 その敬太曰く。



「帰巣本能ってやつさ。犬でもハトでも、必ず自分の住処に戻ろうとするだろ?人間だって同じわけよ。お前も、隣の自転車の持ち主もさ。その場所が心地良くなっちゃってんじゃないの?無意識に。」


「無意識ねぇ……。」



 ……この期に及んで、再び余談だけど。


 今日の日替わり定食は、

 何故か『特製ハンバーガー』。


 “定食” と言いながらパン、って時点でそもそも珍しいんだけど、それより何より致命的なのは……ケチャップ入れすぎだよ、このバーガー。


 おかげでさっきから敬太の口の周りが、もの凄いことになってて……。実は話の内容なんかより、そっちの方が気になって気になって。正直、気が気でなかったりする。



「そ!無意識。だからこそ、普段は隠されている本能の部分が出てくるわけよっ!」



 ……おい。

 いまケチャップ飛んだぞ。



「だから例えばさ。明日ちょっと早く出て、その “お隣さん” のトコに、お前の自転車止めといてみろよ。相手の縄張りを荒らしてみるわけ。」


「いや……そこまでする気は毛頭ないけど。ただ、今朝ちょっと『あれ?』って思った、ってだけの話だよ。」



 ……どっちかというと。


 俺がいま気になってるのは、さっき敬太の口から飛んだケチャップの行方だ。


 ぱっと見た限りでは、俺の服には付いてなさそうだから良いけどさ……。



「そうか。まぁ、お隣同士になったのも何かの縁だ。顔見る機会があったら、挨拶の一つもしとくといいんじゃないか?……さて。じゃ、そろそろ戻るか。」


「ああ。」



 ケチャップだらけになったトレーを持って、敬太が席を立つ。残っていたお茶を飲み干して、俺も席を立つ。

  

 確かに、縁はあったなぁ……なんて。

 そんなことを思いながら。




   ◆◇◆◇




 ……で。



(何でこのタイミングで、鉢合わせよ?)



 今日は珍しく、仕事が早く片付いて。

 久しぶりの定時退社となった。



 だからいつもの帰り時間より、だいぶ時間が早いんだけど……。ちょうど駐輪場のところで、“あの女の子” こと、高森みやびを発見した。


 高森もこちらに気づいたらしい。

 俺に向かって会釈をしてくれる。


 

 まぁ……敬太曰く、「何かの縁だ」「挨拶の一つもしとくといい」らしいし。さらに言えば、お互い相手に気づいたのに、無視するのも変な気がするし。

 

 ま……一応、顔見知りなんだし。

 いきなり通報されることはあるまい。



「こんばんは。今帰り?」


「はい。幡豆さん、今日は早いんですね。」


「そうだね。珍しく仕事がさっさと片付いてさ。」


「なるほど。お疲れさまです。」



 そんな話をしながら……。

 高森は、彼女の自転車に手を掛けた。



 ……よし。


 

 今日はそのまま、隣の自転車に触れることなく。高森は自分の自転車を引き出し終えた。やれやれ……今日は自転車ドミノの心配、なさそうだな。ひと安心、ひと安心。

 


「じゃ、気を付けて帰れよ?」


「はい。では失礼します。」



 笑顔で頭を下げると、高森は自転車を押して出口へ歩き出した。その後姿を見送りながら、俺も自分の自転車を引き出す。



「……何かの縁、か。」



 いつもより、少し早い時間。

 いつもの駅。


 そこには、

 いつもに無かった “会話” があった。



 ……時間にすれば、わずか1~2分。

 本当に些細なものだったけど。


 でも何故だろう?




 

 何だかほんのりと、温く感じたのは。

 


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