ボールペン



 いつもの時間。

 いつもの駅。


 いつもの駐輪場。



 そこに “見覚えのある顔” を見つけたのは、彼女と出会った翌日、いつもの仕事帰りのことだった。



「あの子……たしか……。」



 俺の姿に気づいたらしい。

 女の子が、ペコリと頭を下げる。


 正直、ハッキリと顔を憶えている訳ではないんだけど。たぶん今の反応を見るに、昨日の子で間違いない……と、思う。



 まさか……。



「……また自転車ドミノ?」


「いいえ?今日は大丈夫です。」


「だよな……。」



 いや。まぁ。


 返事なんて聞かずとも、ちょっと先に視線を向ければ。倒れた自転車が1台もないことくらい、ちゃんとわかってたさ?もちろん。


 じゃ、何でここに?

 


 ……と、俺が口に出すより一瞬早く。

 女の子が頭を下げた。



「昨日は、ありがとうございました。」


「え……?それ言うために待ってたの……?悪い、だいぶ待たせちゃったんじゃないか?」


「いえ。そんなことは。」



 両手をパタパタと振って否定する女の子。


 でも……たぶん、実際かなり待ったんだろうな。時刻は既に、午後9時を大きく回っているのだから。


 幸い、この辺りは治安が良いって聞くけど。それでも未成年の女の子が一人ポツンと立ってるには、ちょっと感心しない時刻な気がする。ついでに場所も。



「……昨日は結局、名乗りもせず、きちんとお礼も言えず終いだったので。」



 そして、スッと姿勢を正す女の子。



「改めまして。私、高森たかもり みやびと言います。……昨日は本当に、ありがとうございました。」


「あ。丁寧にどうも。俺は――」



 そこで不意に、何故か女の子……もとい、 “高森” は表情を崩した。



「 “こうすけ” さん、ですよね?」


「!?」



 ……高森の口から飛び出した予想外の言葉に、名乗りかけた自分の名前を飲み込む。



 は?

 なぜ?


 どうして高森、俺の名前を……?



「昨日の別れ際。 “こうすけ” さん、このペン落としたんですよ?私、呼び止めたんですけど……そのまま行っちゃうし。気づきませんでした?」



 そう言いながら、見覚えのあるペンを制服のポケットから取り出す高森。慌ててジャケットの内ポケットを探ると――


 ……本当だ。

 いつも持ち歩いてるペンが無くなってる。



「名前入りのボールペンなんて珍しいですね。何かの記念品ですか?」



 そう言いながら、高森が俺にペンを差し出す。……間違いない。俺のだ。



「あぁ……。大学のころ所属してた研究室の先生から貰ったんだよ。卒業祝に、って。」


「なるほど。」



 不覚。

 まさか落とし物とは。


 さんざん世話になった恩師に、危うく顔向けできなくなるトコだったな……。



「ありがと……拾ってくれて。幡豆はず 孝介こうすけです。」



 俺がそう名乗ると。

 高森はニコッと微笑んだ。



「 “幡豆” さんでしたか。ペンには『H. Kosuke』って書いてあったので、名前は判ったんですけど……さすがに、苗字はイニシャルが『H』ってことしか判らなかったので。」


「なるほど。でもホント、助かったよ。ありがとな。」


「いえいえ。それでは……私、帰ります。」


「ああ。気を付けて。」



 そう言った俺に、

 再び微笑みを残して。


 高森は、隣にある自転車に手を掛けた。



 その瞬間――



「っ!」


「あ……。」



 

 殺風景な駐輪場に。


 “ガラガラガラ……ガッシャーーーン!”


 ……と、盛大な金属音が轟いた。




「……。」


「……。」



 思わず顔を見合わせる、俺と高森。



 ……やれやれ。


 今日は、ペンを落とさないように。

 気を付けないとな……。




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