5話 記録の光
グランデルムの核心が、光に包まれ始めていた。
空間は静かに反転し、現実と夢の境界が溶けていく。
視界の彼方、崩壊の中心に立つ“存在”は、もはやただの異形ではなかった。
それは神の意識そのものであり、世界に刻まれた「記録」の結晶だった。
セリオスは、足を止めた。
剣はすでに構えられている。
だが、その刃に宿っているのは、斬るための力ではない。
「……これは、記録の力だ」
彼の声が空間に溶ける。
グランデルムの目が、静かに彼を見返していた。
恐れ、孤独、祈り、そして忘却。
神が見てきたすべてが、その瞳に宿っていた。
「ただひとりで、すべてを記録していたのか」
空気がわずかに震える。
彼らが討ち果たしたノワヴィスたち。
そこに込められていたのは、神が見届けた“人類の終焉”の記録だった。
「怖いのか。誰にも知られずに……忘れられてしまうのが」
答えはなかった。
だが、セリオスには分かった。
この神は、自らを語ることができない。
ただ世界を見つめ、記録し続けることしかできない存在。
だからこそ――
「俺が記す。すべてを、忘れさせない」
その言葉に応えるように、空間のひび割れが広がっていく。
記録の光がグランデルムの身体を裂き、内部から膨大な記憶が溢れ出す。
ミレアが声を上げる。
「記録が……干渉してる!」
「押せる……今なら!」
ライゼは風を纏い、セリオスの進路を開く。
シュリオが雷光を放ち、空間を固定化させる。
ガルドの斧が前を裂き、道を作る。
(いける……今が、核を穿つ時だ)
セリオスは、光の中へと踏み込んだ。
視界のすべてが白く染まる。
記憶が、言葉にならない叫びとなって彼に流れ込む。
生と死、希望と絶望、始まりと終わり。
それらすべてが、ひとつの“存在”として結晶化していた。
「記録の力は、攻撃ではない」
「存在を認める意志だ」
彼の剣が、記録の光を纏う。
次の瞬間――
白と黒の世界を、銀の閃光が貫いた。
グランデルムの核が、音もなく砕ける。
そして、静かに崩れ落ちる。
まるで、永い眠りに落ちるように。
空間が震え、夢が終わりを告げる。
視界が現実に引き戻され、彼の足元に再び“地面”が戻ってくる。
小隊の仲間たちが、倒れたグランデルムを見守っていた。
「……終わったのか?」
ガルドが、低く呟く。
セリオスは剣を静かに納める。
「記録した。……すべて、だ」
風が吹いた。
かつて誰も踏み入れられなかった“神の夢”が、いま確かに終焉を迎えていた。
崩壊は収まり、光が差し込む。
その光は、ただの希望ではなかった。
それは、“記憶されたもの”にだけ与えられる、救いの光だった。
誰もが、静かに立ち尽くす。
そして、セリオスだけが、空を見上げていた。
「これからが……始まりだ」
その言葉を、誰が聞いていたかは分からない。
だが、空は確かに彼に応えていた。
記録者がこの世界を歩む限り、忘れられることはない。
記された歴史とともに、神の夢は、新たな時を刻み始める。
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