5話 破られぬ闇
扉の前に立ち尽くしたまま、セリオスは目を閉じた。
冷たい石の感触が、指先にじんわりと染み込んでいく。
夢の中でありながら、その冷たさは確かな実在として彼の感覚を捕えていた。
この扉は、何度目だろう。
夢の中で、何度もここにたどり着き、そして越えられなかった。
その度に、問いだけが残ったまま、目覚めへと押し戻されてきた。
「……やはり、この先には行けないのか。」
呟いた声も、回廊に吸い込まれていく。
けれど、恐れはなかった。
どれだけ遠回りをしても、彼はまたここへ来るのだろうと、もう知っていた。
胸の奥、再びあの声が囁く。
「記憶せよ――」
問いは終わらない。
思考は尽きない。
それを繰り返し続けることそのものが、彼の運命なのだと、どこかで理解していた。
夢の中の闇は深く、重い。
けれどその暗がりの底から、かすかに何かが“揺らいだ”気配。
意識の中でしか感知できない、けれど確かに何かが“在る”と告げるもの。
セリオスは顔を上げ、扉の奥を見据える。
光はない。
だが、その先に、言葉にもならない“欠片”のような存在が浮かんでいた。
それは像を結ばず、声も持たない。
ただ、存在しているだけで、胸の奥に熱のようなざわめきを残していく。
セリオスはゆっくりと目を閉じた。
この夢の中に、意味があるのだとしたら――
この欠片に触れたこともまた、その一部なのだろう。
次の瞬間、足元の空間がわずかに軋むように震えた。
視界が、時間が、空気が、ゆっくりとほどけていく。
夢は、終わろうとしている。
いや、終わるのではない。
覚めるのでもない。
彼が、自分の意志で“立ち去る”のだと、セリオスは感じていた。
そして、最後に。
扉の奥から、誰のものでもない声が響いた。
「……君に、重荷を背負わせて、すまなかった」
「それでも……ありがとう」
それは、命令ではなかった。
祈りのような、ため息のような、
かすかに震える“誰か”の、心の声だった。
その言葉は、静かに胸の奥に染み渡っていく。
彼の中で、小さな灯火が揺らめいた。
それはまだ不確かで、あまりに小さい。
けれど、それが“道”になると、彼は信じていた。
セリオスは、静かに振り返る。
扉を背に、その言葉を胸に刻みながら。
そして、前を見据えたとき――
光に縁取られた扉が、新たに現れていた。
その扉を開けると、
次の瞬間、宿のベッドの上で目を覚ました。
意識はまだ完全に覚醒していない。
けれど、胸の奥には確かに、ひとつの灯が灯っていた。
夜明けは、すぐそこに迫っていた。
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