4話 重荷の記憶
セリオスは歩き続けた。
あいかわらず回廊は堅く、そして冷たかった。
「……ここには出口はないのか?」
もしかしたら、自分は「記録」というものに、
囚われすぎているのかもしれない。
闇の回廊に響く足音は、徐々に重くなっていた。
歩を進めるたびに、思考が内側へと沈んでいく。
これはただの夢ではない。
崩壊域における精神干渉の一種であることは、もうわかっていた。
だが、これは敵意を持った干渉ではなかった。
むしろ、“問いかけ”に近い。
——なぜ、記憶を刻むのか。
——なぜ、すべてを「忘れるように」できているのか。
——なぜ、適応者たちは「記憶」を引き継がないのか。
それは、かつて彼自身が見つめなかった問いだった。
記憶は力であり、同時に呪いだ。
知るほどに傷つき、思い出すほどに軋む。
誰かの死。敗北。崩壊。
どれだけの適応者たちが、それに潰されていったか。
それでも、なぜ自分はここにいる?
セリオスは、静かに足を止めた。
目の前に、ぼんやりと光の粒が舞っていた。
それは夢の演出なのか、それとも……
足元の石が、わずかに震える。
それは記憶の波紋のようだった。
次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
気づけば、セリオスは「別の記憶」の中にいた。
剣を構える自分。
誰かをかばって立ちはだかる自分。
膝をつき、血に塗れ、絶望の中で叫ぶ自分。
——これは、自分の記憶か?
いいや、そうではない。
それは、過去にこの地で死んでいった“誰か”たちの記憶だ。
記録者としての“器”が開かれている今、彼はそれらを受け取り始めていた。
「……思い出が、重荷になるから……」
それは、以前の夢で口にした言葉だった。
だが今、彼はその意味を理解しはじめていた。
記憶が精神を砕く。
だから、人は“忘れる”。
それは弱さではなく、生きるための本能だったのだ。
だが、それでも。
誰かが“記憶する”ことをやめてしまえば、すべては繰り返される。
何も残らず、何も学ばれず、何も越えられないまま。
(それでも……俺は……)
セリオスは目を閉じた。
苦しみも、悲しみも、敗北も。
それらをすべて抱えたまま、次の誰かへと繋げる者が必要なのだ。
その役目が、自分にあるのなら——
そう思ったときだった。
視界の奥、闇がわずかにほどけた。
空間の裂け目のように、光が差し込む。
そこに、何かがいた。
それは、形を持たない“欠片”。
言葉にならず、像を結ばず、ただ確かに存在していた。
セリオスは、目を閉じた。
胸の奥に、かすかな熱が灯るのを感じながら……
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