傲慢に名を連ねて

傲慢に名を連ねて

作者 伊吹八重

https://kakuyomu.jp/works/16818792439092891757


 ライオンに愛を捧げた少女の狂気と幻滅の物語。


 現代ドラマ。

 現代純文学、耽美派サスペンス。

 強烈な主題と比喩、終末的な反転をもつ純文学的でありながらライトノベル的読みやすさも兼ね備えている。

 出来はすこぶるいい。大胆なテーマと耽美的文体で、「死への憧憬」と「人間の身勝手」を鮮烈に描いた強い作品。終盤でライオンが少女を拒む逆転は力強いので、主人公の心理描写や転換の必然性をもう少し積み重ねるとさらに完成度が増すかもしれない。

 作品はいいんだけれども。


 主人公は女子高生。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で、叙情的で耽美的。比喩が多く、特に自然や動物の動きに心情が重ねられている。主人公の異常な欲望を体験的に追体験するくり返しや強調「ああ」などの感嘆詞が多く、心の揺らぎを直接的に表現している。登場人物数は少なく、舞台も動物園や駅、と限定的。極端に絞ることで「ライオンへの執着」を際立たせている。

 恋愛ものっぽさがあり、出会い→深めあい→不安→トラブル→ライバル→別れ→結末の流れに準じている。


 絡め取り話法と、男性神話の中心軌道を反転させた変則型で描かれている。

 三幕八場の構成からなっている。

 一幕一場 状況の説明

 高校生の「私」は地方の動物園に通い詰め、ライオン「レオニス」を愛し、命さえ捧げたいと願っていた。

 二場 目的の説明

 学校帰りに檻の前で過ごす日々。レオニスの崇高さを見つめ続け、「彼に食われて死にたい」という願望が心を支配してゆく。

 二幕三場 最初の課題

 動物園で美大生の青年と出会う。彼も「ライオンの牙」の暴力的な美に取り憑かれており、二人は互いの理解者であると感じる。

 四場 重い課題

 女友達から「ライオンに執着するのはおかしい」と現実を突きつけられる。日常に戻るべきか、狂気に進むべきか、心が揺れる。

 五場 状況の再整備、転換点

 私は美大生に本心を告白し、「ライオンに食い殺されたい」と願いを口にする。彼も同意し、深夜に檻を開ける計画を立てる。

 六場 最大の課題

 綿密な打ち合わせを経て決行の日が来る。夜の動物園で檻を開け、美大生の協力のもと私は運動場に立つ。恐怖と陶酔が混ざり合う。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 ついにレオニスと対峙する。だがライオンは私を拒絶し、怯えて檻に戻ってしまう。私は「彼は百獣の王でも何でもなく、ただの飼われた猫」と気づき、絶望する。

 八場 結末、エピローグ

 ボロボロの年間パスポートを堀に捨て、物語は「人だけが身勝手だった」と突き放すように終わる。


 ライオンに食い殺されたい謎と、主人公に起こる様々な出来事の謎が、どう関係し、どのような結末に至るのか気になる。

 心情「――私は、ライオンに殺されたい」で主人公の異常な願望が示され、遠景「一年前の夏、高校一年生だったころ。私は、彼……レオニスと出会った」時間軸と出会いが描かれ、近景「厳かな所作、豊かなたてがみ、死の隙間から覗く鋭い牙……」をレオニスを示し、「学校帰り、いつものように年間パスポートを係に見せながらゲートを通過する」主人公の日常行為が提示される。

「欲望(心情)→出会いの回想(遠景)→レオニスの描写(近景)→主人公の行動(舞台)」という順序ではじまっている。

 衝撃で掴む→主人公の異常性を一瞬で宣言→物語の破滅的なトーンを確立する、というインパクトある書き出しで本作品には合っている。

「ライオンに殺されたい」思いは、一般支持は得にくいからこそ、ターゲット読者を強固に魅了する極端に尖った効果があるだろう。

 この書き出しで読み進めていけるのか、敬遠するのか。読者はどちらだろう。

 応募先によってもかわるかもしれない。

 カクヨム甲子園は、どう考えるのかしらん。

 最初に「学生の日常=共感の入り口」を置いて、次に「毎日通い詰める異常な行動」を描き、その流れで本心「ライオンに殺されたい」と落とす流れにすると、読者を冒頭で置き去りにはせず、「ちょっと変わった子」から「実は狂気がある子」へ流れて読み進めていけるかもしれない。


「制服姿で、しかも一人で通い詰めている客は私ぐらい」から孤独な少女であることがわかり、可哀想に感じる。

「電車を待っている間、私は昨日撮った写真をレオニスの専用フォルダに入れていた」から、推し活のような行為が等身大の女子高生の姿に思える。

「夢中になれる対象を持ち、心を燃やしている」極端だが、強烈な情熱は人間的資質として魅力的に映る。

 これらに興味を持ち、共感して読み進めていく。

 主人公は食べられたい願望があるのか。そういう癖があるのか。

 あるいは、死ぬ方法として食べられたいを選び、食べられたいなら百獣の王であるライオンがいいとおもったのか。

 主人公はきっと都会に住んでいて、身近な野生が動物園にいる動物だったのだろう。山林近くに住んでいるなら、熊に襲われる選択も浮かんだかもしれない。熊のほうがよっぽど野性味があると思うのだけれども、どうしてもライオンのレオニスでなければならなかったのだろう。

 好きな人に食べられたい、一部になりたいという思いからなのか。主人公にとっては初恋みたいなものなのだと邪推した。

 なぜなら、殺されたいと抱くということは、死にたいということ。

 なぜ死のうと思い至ったのかが書かれていない。一人で通い詰める姿から、孤独であるのは間違いなさそう。とはいえ、孤独だから死にたいとは限らない。潜在的に死にたかったのか。

 ラストで、レオニスは襲わず恐れ、主人公は虚無に至る。

 愛の幻想が冷め、死への願望がくだらなく思った。

 つまり彼女は、死にたかったのではなく愛で救われたかった。

 それが叶わず、人間だけが身勝手だとだどり着く。

 ひょっとすると、身勝手な思いをした結果、愛を失い死にたいと思っていたところ、ライオンのレオニスに出会い、殺されたいと願望を抱いたのかもしれない。


 狂気と愛の境界を非常に鮮明に描いた点がいい。美大生との対話で主人公の内心が外部化され、共犯関係が成立する過程が緊張感を生んでいる。ラストで「ライオンが拒絶する」という逆転が、強烈な虚無感を与えているのもよかった。


 五感描写は、視覚と聴覚と触覚で緊張感を描き、あえて匂いや味を少なくすることで耽美的トーンを保っている。

 視覚はたてがみ、牙、檻、坂道、電車の色など鮮やか。

 聴覚は吠える声、橋の軋む音、鍵の金属音。

 触覚は手すりににじむ汗、風の強さ、震える掌。

 嗅覚は濁った堀の水や獣舎の雰囲気で匂いを暗示しているが具体的な匂いはない。

 味覚はない。

 もし臨場感や生々しさをさらに増したいなら、獣臭や血の匂いの嗅覚、鉄の味や唾液の苦みの味覚を少し補うと良いかもしれない。


 主人公の弱みは、現実との断絶が大きく、友人との関係を維持できないこと。自己中心的で、自らの幻想にすべてを捧げてしまう。欲望を叶えるために他者を巻き込む危うさがある。


 狂気が描かれていて、とても良い。美大生は主人公と同じ狂気を持っているが、それを「芸術」に昇華しようとし、その異様さが彼にとっての当たり前の常識となっている。感情に振り回されず、目的のために合理的に動く冷徹さや、正気と狂気のあいまいな境界も上手く描かれている。美大生の狂気は日常の中の思わぬ言動や態度で浮き彫りになり、主人公との対比が物語の緊張感を高めている。こうした狂気の表現により、キャラクターの鮮明さと物語の魅力が際立っている。


 視覚、聴覚、触覚に特化した描写はすでに強く、読者を物語空間に引き込む力は十分ある。特に檻の金属音や手の震えなどの感覚的表現は、クライマックスを臨場感あふれるものにしていてよかった。

 よりいっそう深みを出すなら、弱い嗅覚や味覚を補足するといいのではと考える。「獣舎に漂う血と藁の匂い」「橋の鉄柵に触れた指先に残る錆の味」など。嗅覚や味覚を少し差し挟むだけで、追体験できるようになる。

 描いていないのは、生々しい部分を主人公が見ていない、あるいはライオンに食べられることについて現実的ではなく幻想的に捉えている現れなのだと思う。

 つまり、死にたいとか食べられたいとか心の底から思っていると言うよりも、「ライオンに殺される」という発想や考えに対して悦に浸っているだけなのだろう。

 最終場面で主人公は言う

「でもね、私は『ライオン』じゃなくて、あなたに食べられたかったんだよ」

「動物という普遍シンボルとしてのライオン」ではなく、あくまでも「レオニス(檻の中の彼)」を愛したのだ。

 つまり彼女自身も「ライオンという存在に幻想を投影し、支配しようとした傲慢」から逃れられていない。

 最後に出る言葉、「――世界で人だけが、身勝手だった」これはまさにタイトルを回収している。

 人間はライオンを檻に入れた。

 人間は「ライオンに殺されたい」欲望を勝手に重ねた。

 そしてライオンは拒んだ。

 世界全体の冷酷な真実は、「身勝手なのは常に人間だけ」という皮肉。

 だからラスト、急に冷めてしまって、パスポートを捨てあっさり捨てるのだ。

 

 読後、タイトルを見直す。

 ライオンに殺されたい願望を抱き、人生も捨ててしまうのは、生命や社会の規範から考えて反抗的で傲慢。しかも、百獣の王を降りに入れて飼いならし観賞用の王にしているのも、人間の傲慢。

 孤独で、他人とは違うと思っていた自分も傲慢であり、傲慢な人間の一人に過ぎないのだと気付かされた想いが込められているのだろう。

 引き込まれる力が非常に強い。衝撃的なテーマと完成度のあるプロットを持ち、比喩や構成は力強かった。ラストの「怯えて逃げるライオン」に心が凍りつき、その後の「人だけが身勝手」という結びが余韻を残す。

 ただ、中盤の会話や説明が少し冗長で、スピード感を保つためには少し整理したほうがいい。共同幻想の共犯である美大生が最後どうなったのかが描かれていないので不完全感がある。メタフィクションで書いていないと思うけれども、メタ構造は弱いかもしれない。それでも人は生きてしまうみたいな皮肉を付けたして残酷な余韻を残すのもありかもしれない。なによりテーマが重いので、好みはわかれると思う。

 作品はいい。けれども、カクヨム甲子園ではどうだろう。悩ましい。純文学寄り文芸系新人賞、群像や文藝、早稲田文学とか、大衆より尖ったエンタメ新人賞、評価が独特な三田文學や文芸思潮、群像短編とかにならむいているかもしれない。

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