廃教会

廃教会

作者 伊吹八重

https://kakuyomu.jp/works/16818792439361012070


 倒錯した信仰と歪な絆の中で、少女は教祖少年の孤独と涙に触れ、同情に辿り着く物語。


 疑問符感嘆符のあとはひとマス開けるなど気にしない。

 現代ドラマ。

 宗教を題材にした現代純文学的青春小説。

 歪んだ宗教と青春の交錯を軸に信仰の狂気、人間の弱さ、主人公の自己発見を描いた作品。人物の心理描写が緻密で、情景が鮮やかに浮かぶ。宗教をモチーフにしつつも説教臭さはなく、あくまで少年少女の関係にフォーカスしている。

 純文学的な余韻と、エンタメ的な危うさの両方を持つ。結末の「これは愛情ではなく同情だ」という自己認識が深く印象に残るところがよかった。

 デビューできそうな完成度の高い作品だ。


 主人公は女子高生、清瀬優花。一人称、私で書かれた文体。自分語りの実況中継で、叙情的で丁寧。高校生の一人称(優花)で進み、会話と内面描写を交互に重ね、臨場感が強い。暑さ、湿気、汗、豪雨など五感を駆使した感覚的な表現の多さ、人物の涙や表情を繊細に描写するリズムがあり、会話が自然で年齢感にあったリアルさがある。純文学寄りの深みをもちながら、物語性が強くエンタメ性も十分。


 女性神話の中心軌道に沿って書かれている。

 三幕八場の構成からなっている。

 一幕一場 状況の説明、はじまり

 炎天下の帰り道で倒れた女子高生・優花は、幼馴染から噂を聞いた同級生・鬼淵春臣の教会に運び込まれる。そこで彼が本当に教祖であることを知る。

 二場 目的の説明

 春臣は母の強要で教祖を演じ、涙ながらに「逃れられない」と語る。優花は立ち去るが、なぜか彼に関わりたいと望み始める。

 二幕三場 最初の課題

 学校で春臣と再び言葉を交わし、互いに距離を縮めていく。放課後を一緒に過ごし、優花は「宗教を辞めたら」と提案するが春臣は泣いて答えることしかできない。

 四場 重い課題

 春臣は信者の女性が「誰かを殺した」と打ち明け、優花は恐怖する。その女性が実際に万引きを働き、宗教に狂った姿を見せつける。虚ろな信仰と罪が現実化する。

 五場 転換点・状況の再整備

 春臣は学校を休み、嵐の中で優花の元に電話をかける。優花は必死に教会に駆けつける。雨の暴力的な描写とともに、二人の関係が決定的な局面に入る。

 六場 最大の課題

 教会で泣き崩れる春臣は「一緒に地獄にいてくれ」と懇願する。母親の存在、逃げられない呪縛を吐き出し、絶望を優花に叩きつける。優花は恐怖しながらも抱き合う。

 三幕七場 最後の課題、ドンデン返し

 優花は春臣を「救いたい」と思い続けてきたが、それは愛や友情ではなく「同情」であると悟る。救いは与えられず、結局彼を根本から助けることもできない自身を認識する。

 八場 結末、エピローグ

 春臣と優花の関係は歪なまま続くが、優花は自分の感情の正体を知った。「これは愛ではなく同情だった」と結論づける。その余韻が、青春と信仰の物語を閉じる。


 灼けつく熱気という環境的な圧迫感をモチーフに、主人公に次々起こる出来事の不安や謎を熱気に重ね合わせながら描き、最終的には解明ではなく共感と諦念という結末へ導く書き方をしている。

 遠景で「どうにかなってしまいそうなほどの熱気が、私をこの世界に閉じ込めていた」世界全体の情景表現し、近景で「蒸し暑い日の帰り道、額にじっとりと汗が滲む」「なぜ高校から駅までの道がこんなに遠いのか」目の前の出来事や身体感覚にフォーカスし、心情で「学校は生徒たちを殺す気なのだろうか」内心の不満や誇張された心理を吐露していく。

 状況を大きく切り出す→主人公の身体に寄せる→感情を開く典型的な引き込み型冒頭。読者にまず「世界の暑苦しさ」を与え、その中に主人公を見せ、最後に彼女の内面の声で掴みにかかっている。


 冒頭の、炎天下を下校する描写がいい。

 暑い中、日傘を使って歩いていく姿が目に浮かぶようだ。


「炎天下で倒れる優花」弱い姿から可哀想に思う。 

「嵐のような幼馴染に苛立ちながらも放っておけない」関係性の自然さに人間味を感じる。 

「自分にしか聞かせてくれない春臣の涙に寄り添おうとする優しさ」誰もが望む資質がある。

 これらに共感して読み進めていく。


 暑さ、汗、雨、触覚など五感を使い切った臨場感がいい。優花と春臣の距離感が少しずつ近づく過程が丁寧。中盤の信者女性の狂気が、物語を一気に現実的かつ不穏にさせる。結末の「同情」という言葉が鮮烈で読後感が重い。


 五感描写は、視覚と触覚と聴覚が中心で、気候(暑さ、雨)や身体感覚が心情を増幅する仕組みになっている。嗅覚と味覚は控えめだが要所で効いていて、全体のバランスを保っている。

 視覚は、白い衣装、教会の扉や時計、葉桜、豪雨と雷鳴、濡れた瞳など。

 聴覚は、呼びかけの声、信者の叫び、雨音や雷鳴、水道の水音。

 触覚は、汗の滲み、雨に打たれる冷たさ、信者に掴まれる痛み、春臣に揺さぶられる力など。

 嗅覚は、強い直接描写は少ないが、蒸し暑さや湿気、雨の匂いを想起させる。

 味覚は、アイスを食べる場面。


 主人公の弱みは、感情的に走り出したり急に問い詰めたりする行動が感情に流されやすいこと。春臣の言葉に大きく左右される。「救いたい」と思い込むが、明確な手段を持っていない。共感はできるが、未成熟さが弱さでもある。


 幼馴染の髙垣翔太郎がいい味を出している。彼としては主人公を心配していると思う。それが、主人公の気持ちをかき乱している。


 信者女性などサブキャラクターが鮮烈に描かれ、彼らの存在によって「宗教の狂気」が立ち上がっている。とりわけ信者女性のシーンはリアルで強い印象を残している。

 自分の都合のいい考えを他人に肯定されることで責任転嫁をし、世の中のモラルやルールを無視して振る舞う姿は、社会という全体から見ると、身勝手で奇異に映る。宗教に限らず、海外の人が日本にきて好き勝手にするとか、利益を優先して森林伐採や環境破壊してメガソーラーを広げるとか、考えにある根本は同じな気がする。だから余計に現実味をもって突きつけてくる。

 しかも、異様に書いているわけではなく普通に書かれているので、読んでいても心にスッと入ってくる。かえって生々しさがあり、上手いと思う。 

 一方で、春臣を根本的に縛る「母親」の姿は輪郭が薄い。というか出てこない。

 もう一段強く描かれていると、物語の構造が重厚になると思う。

 春臣が母に直接支配される場面、命令されたり、拒否しても許されなかったり、具体的な描写を一場面でもあると違ってくる。あるいは母親と信者女性を対比させ、「母親=支配、信者女性=依存」という構図を置くことで、春臣が母の秩序と狂信者の混沌に挟まれて苦しむ姿が、より浮き上がってくるのではと考える。

 おそらく、今回のラストで主人公が同情に気付いたとき母親が登場して、主人公と対立していく展開に発展するのではと邪推する。

「母親=支配vs主人公=同情」がくり広げられ、教祖である春臣を掬うことができるかどうか。救った後も、主人公が彼を支配してしまい、苦悩するかもしれない。


 信者女性の「殺人」の真偽が曖昧な印象。本当に殺人を犯しているのかどうかまではわからない。本人がそう思い込んでいるだけかもしれない。


 雷雨の夜の教会でのクライマックスは情景と心理が重なっていて、映像的な迫力も文学的な濃さも申し分ない。ここの描写は素晴らしい。没入感を最高潮まで引き上げている。クライマックスを盛り上げている。すごいなと思う。

 描写が連続して畳みかけすぎてて、読み手が息をつく間もない。緩急を工夫してさらに効果を高められると考える。

 泣き叫ぶ春臣に対して、主人公はその場で「ただ雨音を聞くだけ」みたいに、「無言の沈黙」や「音の無い瞬間」といった静止描写を挟み込んで強さと弱さのコントラストをつけると、感情が爆発する声や仕草がさらに響くようになると思う。


 ラストで「愛情でも友情でもない、同情だ」と結論づける一撃は、読後に深い余韻を残す。このフレーズは作品全体の締めくくりとして秀逸。

 意表を突かれた感じがした。

 なぜなら少し唐突で、物語の過程で「救いたいのに救えない矛盾」の小さな積み重ねがあったなら、最後がより納得感を得られたかもしれない。

 途中で「なぜ私は傍にいるのか、自分でも答えられない」という独白をしたり、春臣に金品を与えられるシーンで「対価の重さにざらつく気持ち」をもっと描いたりして、小さな疑念があると、同情というラストが自然と腑に落ちていくのではと考える。


「清瀬優香」→「清瀬優花」だと思う。


 読後、タイトルを見直す。

 不穏さと同時に美しさに引き込まれる。救えない痛みが胸に沈み、廃教会という言葉が次第に染みてくる。本来なら救いを与えるはずの教会で、教祖である彼自身が苦しみ、そして誰も救われない。

 心理と情景の描き方が見事で、「青春✕宗教」というモチーフも斬新だった。

 クライマックスにあたる「転」の盛り上がりや、優花の感情起伏に強弱の波を意識的につけると、読者の感情移入をさらに引き出せるはず。今の繊細な心理描写に加え、緩急のリズムを工夫してドラマ性を強調してみてはどうだろう。

 物語ラスト、「同情」という冷たい言葉は、主人公が自らの無力さを認めざるを得なかった証として響いている。主人公の冷たさを責められない。彼女もまた、教会に取り込まれたひとりの弱者にすぎなかったのだから。

 ラストに至る葛藤や小さな疑念が序盤からさりげなく積み重ねられていれば、読後感の説得力はさらに増したように思う。この積み重ねが物語全体の一貫性を支え、繊細なテーマの伝達にも寄与すると考える。

 結局、彼らが居たのは教会ではなく、廃墟だった。その事実こそが、タイトルの意味であり、痛烈な余韻を残している。

 文体も発想も「書き慣れた大人の視点」と「青春小説的な瑞々しさ」の両方が共存している。これ、かなり完成度の高い作品。カクヨム甲子園に向いているかどうかは悩ましいけれども、「すばる文学賞新人賞」系統の方ならあるいはどうかしらん。

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