第6話:揺れる距離感

「……よし、ティッシュはこれで終わり」


 長勢 渉ながせ わたるは、カートにティッシュパックを積み終えた。

 隣のワゴンに目をやると、「新学期応援セール!」と貼られたポップとともに、文房具が特売されているのが目に入った。

 ついでにノートとボールペンを数本、カートに放り込むと、ちょっと得した気分になった。


 隣では、秋本あきもと ひかりが、どこかそわそわしながらメモ帳を確認している。


(……なんか、そわそわしてるな)


「次、どこ行く?」


「あ、うん!お菓子コーナーね!」


 ひかりは若干声が裏返りながら、元気に答えた。


「急に元気だな」


「べ、べつに! 特売やってるから、行くだけよ!」


 嬉しそうに笑うと、ひかりは渉からカートを奪って歩き出す。

 軽い足取りで、渉と共にお菓子売り場へと向かっていった。



 お菓子コーナー。


「まとめ買いセール!」と大きなポップが天井からぶら下がり、

 棚にはカラフルなパッケージのお菓子がぎっしりと積み上がっている。


(すげぇな……この量)


 目を丸くしながら周囲を見渡していると、

 ひかりは棚に並んだお菓子をじっと見つめたまま、ほんの少しだけ足を止めた。


(もうちょっとだけ…… 一緒にいたいな)


 そんな小さな願いが、

 ひかりの胸の中にふわっと膨らんだ。


 お菓子を買った時点で今日の買い物が終わってしまう。

 そんなことはわかっている。

 だけど、せめてもう少しだけ、

 一緒に時間を過ごしていたい――


 そう思いながら、

 ひかりは振り返り、声をかけた。


「ねえ、あのね――」


 ふいに渉の方を振り返ったその瞬間――


「わっ」


 ひかりのふくよかな胸が、

 積み上げられたお菓子の山に当たってしまった。​


 ドサドサドサッ……!


「わ、わわっ……!」


 崩れ落ちるお菓子たちに慌てて手を伸ばすひかり。

 だが間に合わず、商品のパッケージが床に散らばる。


 慌てるひかりに、俺はすぐにしゃがみこんだ。


「大丈夫か?」


 落ちたお菓子を拾い上げようと手を伸ばした、そのとき。


「わ、私も拾う!」


 慌ててしゃがみこむひかり。

 しかし――

 勢い余ったひかりの体がぐいっと前に倒れ、

 重力で揺れる物体が俺の視界を一瞬支配した。


(ち、近い……!)


 思わず、顔がカッと熱くなる。


 目をそらそうとしても、あまりにインパクトが強すぎて、意識が勝手にそちらへ向かってしまう。


「ご、ごめんっ!」


 ひかりも顔を真っ赤にしてお菓子を拾い集めるが、

 俺もまともに目を合わせることができず、

 ただ無言でお菓子をかき集めた。



 その光景を――


 少し離れた棚の影から見ていた長勢 歩ながせ あゆみ は、

 ぎゅっとリュックの肩紐を握りしめた。


(……ちょっと、あざとい……!)


 胸の中に、小さなヤキモチが渦を巻く。


(わざとじゃないのはわかってるけど、あれはズルい。絶対ズルい。

 こんなの、大っきな胸っていう最強装備の暴力じゃんか……!)


(でも……お兄ちゃんは渡さないんだからね……!)


 歩は小さく闘志を燃やしながら、静かにステルスモードを続行していた。



 そのころ。

 メガダンキの別の通路。


 制服姿の望月 彩加もちづき さやかは、冷静にスマホを操作していた。


 📱 彩加:

《秋本ひかり様がお菓子売り場にて接触事故発生。》


《渉様、優しく商品を拾い上げ対応中》


 黒い車の中。

 制服姿の吉永 怜よしなが れいは、LOINE(ロイン)の通知を確認し、画面をタップする。


(渉くんは……誰にでも優しい)


 スマホをぎゅっと握りしめる。


(彼は、困っている人を放っておけない)


 一瞬、怜の脳裏にあの時の情景がよみがえる。


 水族館の前で、不良に囲まれていた自分を

 彼は、何のためらいもなく助けてくれた。

 制服の袖を引かれるような感覚と、私を救ってくれたあの声――



(……あのときから、誰よりも、ずっと)


 怜は小さく息を吐き、すぐに返信を打ち込む。


 📱 怜:

《私も店内へ向かう。引き続き監視をお願い》


 📱 彩加:

《了解しました》


 怜はスマホをしまうと、

 運転席のドライバーに静かに告げた。


「私は行くから、ここで待っていて」


「かしこまりました」


 軽く会釈を交わし、怜は車を後にした。


 艶のあるローファーが駐車場のアスファルトを軽く鳴らす。

 制服のスカートを揺らしながら、

 怜は迷いなくメガダンキの自動ドアへと歩みを進めていった。

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