第7話:揺れるまなざし
「……うん、もうだいたい買ったよな」
「そ、そうね」とぎこちなく答える。
お菓子山崩し事件から、少しだけ気まずい空気が流れていた。
(まあ……俺もあんな至近距離で見ちゃったからな……)
なんとか平静を装いながら、レジへ向かおうとした、そのときだった。
「長勢くん」
静かに、けれどどこか張り詰めた声が、俺たちを呼び止めた。
振り返ると、制服姿の
「……怜?」
俺が思わず名前を呼ぶと、隣のひかりがビクリと反応した。
怜は俺たちの前に立ち止まり、
そのまま、柔らかな気品を漂わせながら微笑んだ。
まるで微風に咲く白百合のように、余計な感情を見せず、
けれど確かに相手を見据えた、そんなお嬢様らしい笑みだった。
「奇遇ね、こんなところで会うなんて」
「そ、そうだな……。お前も買い物?」
俺が聞き返すと、怜は涼やかな顔で頷いた。
「ええ。日用品を少しね。それと……」
怜は一瞬、視線をひかりに向ける。
(そろそろ、“動き”を見せる頃合い――)
そう思いながら、怜はやわらかな笑みを浮かべた。
「……それと、長勢くんに用事があったの」
「用事?」
「放課後、少し話がしたいと思ってたの。
今日は学習塾があって、ゆっくり話せなかったから」
ひかりの表情がぴくりと強張る。
俺も一瞬戸惑った。
「今ここで、少しだけいいかしら?」
「え、いや、でも……」
俺が言い淀むと、怜はにこりと微笑みながら、
「すぐに済む話だから」
と上品に言い添えた。
「……わかった」
俺が頷くと、怜は満足げに微笑んだ。
その瞬間、隣のひかりが、ふいっとそっぽを向いた。
「べ、別に! 私はレジ行ってるだけだから!」
ぶっきらぼうに言い捨て、
ひかりは早足でレジへと向かった。
(……怒ってるな)
あからさまな態度に、俺は小さくため息をついた。
「で、話って?」
俺は怜と向かい合いながら尋ねた。
まっすぐな視線を向けられた怜は、
わずかに視線を外し――ツンとした態度で口を開いた。
「べ、別に……大したことじゃないのよ」
「え?」
「相談ってわけじゃないんだけど………
今度、文芸部で創作する作品のことで」
「作品?」
「ど、どうしてもあなたに聞きたいってわけじゃないわ。
でも、少しだけ参考にしてあげてもいいかなって」
(上品な立ち振る舞いだったのに……なんで急にツンが出るんだ?)
怜は涼しげな顔を保ちながらも、
ちらちらと俺の様子をうかがっている。
「作品って、もう構想できてるのか?」
「ええ。少しだけど……」
俺は真面目な声で答えた。
「わかった。文芸部のことなら、協力するよ」
その言葉に、怜はほんのわずかに表情を緩めた。
「……あ、アリガトウ、長勢くん」
口調こそツンを保ったままだったが、
その声は確かに、ほっとしたように聞こえた。
そんな二人のやり取りを――
少し離れた棚の陰から、
(……怜様にしては、だいぶ頑張っておられますね)
(ただ……渉様と面と向かうと、どうしてもツンが出てしまうのが課題ですね)
内心でため息をつきながらも、
彩加はそっと棚の陰に身を隠した。
同じ様子を、少し離れた商品棚の影から、
(……やっぱり)
お菓子山の一件では、
ひかりの圧倒的な存在感にたじろいでいた兄が、
今は別の女の子の頼みごとに、真剣な眼差しを向けている。
(……ずるい。お兄ちゃん、ほんとズルい……)
胸の奥が、またきゅうっと締めつけられた。
それでも、声をかける勇気は出ない。
ただ、じっと――
二人のやり取りを、息を潜めて見つめていた。
怜との短い会話を終えた俺は、
レジのほうへ向かうことにした。
その途中、ひかりの後ろ姿を見つけた。
彼女は、俺に気づくとぷいっと顔を背け、
あからさまにそっぽを向いた。
(……まだ機嫌直ってないか)
苦笑しながらカートを押し、
そっとひかりの横に立った。
「……悪かったな、待たせて」
ぼそりと声をかけると、
ひかりは小さく肩をすくめた。
「べ、別に。怒ってなんかないわ!」
強引な否定。
けれどその耳は、ほんのり赤く染まり、
渉の顔をまともに見れず、視線はずっとさまよっていた。。
――支払いを済ませた俺たちは、
大きな袋を抱えてメガダンキの外へ出た。
夕暮れの風が、少しだけ肌寒く感じる。
お互い言葉は少ないまま。
それでも並んで歩くリズムだけは、少しずつ重なっていった。
二人並んで帰路につくその後ろ――
人通りの少ない街角で、小さな人影が気配を潜めている。
そのまなざしはまだ遠慮がちで、
けれど確かに、誰にも譲りたくない気持ちを宿していた――
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