第5話:すれ違う気持ち

 メガダンキ――。

 かつては大型家具屋や市役所として使われていた建物が、数年前にリノベーションされ、豊崎市最大級のディスカウントストアとして生まれ変わった。


「やっぱ、広いな……」


 長勢 渉ながせ わたるは、メガダンキの店内を歩きながらつぶやいた。


 別に初めて来たわけじゃない。

 何度か買い物に来たことはあるけれど、制服姿で女の子と一緒となると勝手が違う。


「なに、田舎者みたいな顔してんのよ」


 隣でカートを押していた秋本あきもと ひかりが呆れた顔をしている。


「感心してるだけだよ」


「だったら、これを押して!」


 ひかりは取ったばかりのカートを渉に渡して、きびきびと歩き出す。

 手にはメモ帳。買うものリストがしっかり書き込まれている。


「まずは洗剤とティッシュと、それから……お菓子コーナーも!」


「意外と抜け目ないな」


「べ、別に! 自分のためだけじゃないから!」


 ツンとそっぽを向くひかりに、俺は苦笑してカートを押しなおした。



 そんな渉たちの背後。


 メガダンキの入り口付近から、長勢 歩ながせ あゆみが、そっと店内に潜入していた。


(……お兄ちゃんと、女の子)


 目を凝らしながら、一定の距離を取り、物音一つ立てずに尾行を開始。


 歩の得意技――ステルスモード、絶賛発動中だ。


 柱の影から商品棚の裏、ポスターの隙間を利用し、

 まるでスパイ映画のようにぴょこぴょこと進んでいく。


(完璧……私、完璧……!)


 ……が、そのあまりに不自然な動きに、近くの子供が「ママー、あの人へんなのー」と素直な声を上げていた。

 もちろん、歩は気づかないふりを決め込む。


(視線を感じても、私はステルス……!)



 そんなときだった。


「おやおや~、これはこれは、青春買い物劇?って感じ?」


 渉たちに軽い声が飛び込んできた。


 商品棚の陰からひょっこり顔を覗かせたのは、

 私服姿で買い物かごを抱えた三雲 春奈みくも はるなだった。

 かごの中にはお菓子や雑貨がぎっしり詰め込まれている。


「三雲……!」


 俺は驚きで声が上ずる。


「なにそんなビックリしてんの、長勢。

 あたしだって普通に買い物くらい来るんだけど?」


 春奈はにこにこと笑いながら、かごを軽く持ち直す。


「あ、ああ……いや、びっくりしただけだ」


 隣で、ひかりも赤くなりながら視線をそらす。


「で、お嬢さんもそんな怖い顔しないの~。

 青春買い物劇なんて、別に誰も変な目で見ないって!」


「べ、べつに! やましいことなんかないし!」


「……うん、まあ、見えないこともないけど」


 春奈は楽しそうにウィンクして見せた。


「二人とも、仲良くね~」

 と手を振って、再び商品棚の向こうへ消えていった。


 ひかりは顔を真っ赤にして、

「ほ、ほら! さっさとティッシュ取りに行くわよ!」

 と強引に話を切り替えた。


 俺は苦笑しながら、カートを押して後を追う。



 その様子を、

 店の柱の陰からじっと見つめる歩。


(……な、なんか、余計にイチャイチャしてる気がする……!)


 胸がちくりと痛む。

 制服越しでもわかる、ひかりのふくよかな胸。

 その隣を歩く兄の姿。


 ぐっとリュックの肩紐を握りしめ、心の中で小さく宣言した。


(でも……負けないから……!)


(胸は小さくても! ……人間、スピードと機動力が大事!)


 妙な理屈を心の中で唱え、

 歩は再びステルスモードで渉たちを尾行し始めた。




 そのころ、メガダンキの駐車場では。


 黒い車の中、制服姿の吉永 怜よしなが れいは、塾帰りのまま静かに座っていた。


 手にしているスマホには、店内にいる望月 彩加もちづき さやかからのLOINE(ロイン)メッセージが届いている。


 📱 彩加:

《店内に入りました。長勢様と女子生徒、買い物中》


 📱 怜:

《女子生徒って? 特定できる?》


 📱 彩加:

《ポニーテールの子です。秋本ひかり様と思われます》


 怜はスマホの画面を睨むように見つめた。


(……秋本ひかり)


 心の中でその名前を繰り返す。

 指先でスマホを滑らせ、静かに指示を返す。


 📱 怜:

《行動に怪しい点は?》


 📱 彩加:

《今のところ特にありません。ただ、親しげな様子》


 怜は窓の外をじっと見つめた。


(……放っておけるわけ、ないじゃない)


 すぐさま指示を返す。


 📱 怜:

《状況を引き続き監視して。渉くんに近づきすぎるなら、即報告》


《必要なら介入も許可》


 📱 彩加:

《了解しました》


 怜はスマホをそっと伏せ、

 シートにもたれながら、小さくため息をついた。


(さて……どう出ようかしら)


 その瞳には、計算高い光が静かに灯っていた。

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