第11話 王国評議会①

深夜の王都を飛び立つ無数の魔法使いたち――箒の穂先に赤い小さな籠を載せたそれには、王国の最高意思決定機関『王国評議会』の最高議長である七公が一人、”アーゴット・ツァルシャワ卿”と、同じく七公が一人、”イルーガ・マクデスシュブルム卿”による連名の血判が捺された極秘文書が入っていた。


七公による連名の血判——それは王国で最も重い意味を持つ文書の一つ。

亜音速に達する凄腕魔法使いの飛行により、即日中に王国に届けられた文書。その翌日には文書を受け取りし王国中の有力貴族たちが、早馬の馬車で王都メルシージャへと向かうことになった。


文書の中身は――実に十年ぶりとなる『評議会メンバーの全員招集』と『緊急の王国評議会の開催』という旨の内容。古来より王国の指針を定めるが評議会の目的であるが、七公と、彼らに次ぐ地方都市の首領たちで構成された評議会が『全員』集められるのは極めて珍しいことであり、それは多くの場合”重大な事案が発生した”ことを意味する。


要人が集まることを受け厳戒態勢が敷かれた王都——最初に王都に到着したのは、地方都市イルフィス領主、”ウォッカス・フンメルス”であった。彼の到着が最も早かったのは、居たのが広大な王国において比較的近い場所にあるイルフィスだから――もあるが、今回の”重大な事案”の全容を知る数少ない人物でもあるからだ。


手紙が来るより早くこの事態を予測し馬車に乗り込んだ彼は、行く道の途中で魔法使いから文書を受け取った――王国を統べる為政者が雁首を揃える評議会で、恐らく自分も何らかの尋問は受けるだろうと予想するだけで、好物のマニッシュとチーズのパイ――イルフィス特産の高級魚であるマニッシュをチーズに閉じ込めて焼いたパイであるが、それすら喉を通らないほど心拍数が不安定に上がる。


「王都に来たのは――三年ぶりか」


馬車から降り、早朝の涼しい王都の風を浴びるウォッカス。だがすぐに「ううっ!」と呻くや道端にゲロゲロと腹の中身をぶちまけてしまった。


「ハッハッハ! いつもの馬車酔いかウォッカス? マツヌの実を干して潰した粉を飲めば酔い止めになると教えてやっただろう」


すると彼を追い越していく馬車からそんな声が——


「⋯⋯飲んでも効かんのだよ。普段は効果てきめんなのだが」


「ハッハ! アレが効かないなら歩いて往くしかあるまい! どれ、私も風にあたるとするか――馬車を止めてくれ。ここからは私も歩いて城まで向かう」


そうして馬車から降りてきたのは――地方都市『バッテム』の首領、アサディーム・マフメドだ。地方都市バッテムは砂漠地帯であり、浅黒い肌とターバンが特徴の『マフー族』という民族が統治する都市。そしてアサディームはマフー族の族長も兼任する男であり、砂漠の主でもある超危険生物『サンド・ボンバ』を都市を守るため単騎撃退する力を持つほどの勇猛な勇者でもあった。


古くからの友人でもある二人は対面するとまずは挨拶代わりにハグをする。


「久しぶりだなウォッカス。少し老けたか? 白髪が前より増えているぞ」


「お前こそ傷が増えているなアサディーム。またサンド・ボンバと無茶な戦いでもしたのか。無茶ばかりではいずれ死んでしまうのではと心配しているのだぞ」


「ハハハッ!! 戦なき人生など、死んでいるも同然よ。 今度お前もバッテムに来てみるといい。サンド・ボンバの巣を案内してやろう」


直径十メートルを超える砂漠の王——砂漠にぽっかりと空いた大穴の底で待っている大岩を噛み砕く顎と、肉を一瞬で溶解させる消化液を吐く化け物——おまけに無数の足を持つ節足動物さながらのビジュアルは極めてグロテスクなそれの巣を案内——『遠慮させてもらう』と真っ青な顔でウォッカスが言うのも止む無しだろう。


そうしている間に城に到着し――今回はマーケットのある表門ではなく、要人だけが入ることを許される城裏の隠し扉にて、文書に書かれた『王国不滅の歴史は燦然と輝くものなり』というパスワードを囁くと扉があいた。


「ところでウォッカスよ――評議会が開かれる理由をお前は知ってるのか?」


城内部に入ると、今日は徹底的に人払いをされているためか、彼らの足音だけが不気味なほどに城内に響く。アサディームのそんな言葉にウォッカスは一瞬目を閉じ――隠し聞きしている人がいないことを周囲を見て確認してからアサディームに囁いた。


「——『主君殺し』だ」


「なんだと?」


「二度言わせるな――主君殺しだ。七公”ファン・レオン家”の当主が殺された」


「な、な、な!! じ、ジーク様が⋯⋯殺されただとお!!!」


ハア⋯⋯とウォッカスは溜息一つ。

アサディームが世間に疎いのは知っていたが、まさかジークが病死していたことすら知らなかったとは。よくぞ評議会の招集に気づけたものだと内心嘆息する。


「違う⋯⋯ジーク様は先日病死された。殺されたのはジーク様の御子息——マテウス・ファン・レオン様だ」


「うおおおおおおおジーク様ああああああ!!! このアサディーム!! まだジーク様に恩を返しきれていないというのにいいいい!!!」


うおおおん!!!とウォッカスの話などどこ吹く風で号泣し始めたアサディームの横で耳を塞ぎながら呆れるように首を垂れるウォッカス。かつてはバッテムの孤児の一人だったアサディームに勇者の才を見出し、勇者学院に推薦したのはジークだ――その恩を忘れていない彼の義志は賞賛に値するがそれにしてもうるさい。


アサディームがひとしきり泣き終えた後、改めてウォッカスは彼に詳細を説明する。ジークの病死後、マテウスが家督を継いだこと、そのマテウスが当主としての自覚に欠ける行動を繰り返していたこと、そして――


「⋯⋯マテウス様を殺したのはイブキ・フィニータス殿だ」


「イブキだと!? そんなバカな!! あの生真面目な娘がそんな『主君殺し』をするなんて――!!」


「『公明王』とも称されるハインツ殿が証言されたから間違いないだろう。現在、イブキ殿は即日グリムンド城地下の独房に収監されている」


「ハインツ!? 一体誰だそれは!! こんなのは何かの間違いに決まっているっ!! 私は抗議するぞ!!」


いきり立つアサディームだが過ぎた言葉を使ってしまったか。ウォッカスは「静まれ!」と声量を抑えつつも強い抑止力を秘めた声で彼を止めると、辛うじて耳に届くくらいの声量でアサディームの耳元で囁いた。


「口を慎めアサディーム!! ハインツ殿は――現国王殿下の弟君であらせられるのだぞ⋯⋯!!」


「はっ、弟君だと!? 国王に弟など――」


アサディームの口に被せられる――ウォッカスの手。


極めて緊迫した、ただし抑えられた声量でウォッカスは――


「馬鹿者!! 誰かに聞かれたらどうするのだ!!」


「はっ、い、言ったのはお前だろう!」


「そういう問題ではない! 『国王に弟君がいる』のは公にはされていないのだ! 古来より王はたった一人のみ⋯⋯故に、王が即位した時、”王の資格を持つ血族”はその存在を抹消されるのが古来の掟だ!!」


王国において、王位継承の資格を持つは王の子。即ち『王子』だ。

王子は”彼らの内の一人”が王位継承の資格を手にするまではその存在を徹底的に秘匿される。そして多くの場合王位を継ぐのは”長男”——現国王も前国王の長男として生を受け王の座に即位した。

だが王の子供は決して”一人”ではない――では、残された子供たちはどうなるのか。


多くの場合——彼らは『不審な死』を遂げる。

王となれなかった王の子に存在する意味などない。座るべき椅子に座れなかった者は、力尽きるまで暗闇を彷徨い続けるしかない。そうして敗れし王子たちは――次々と消されていくのである。


だが――生き残った王子がいた。


「王子は七公イルーガ・マクデスシュブルム卿の元に身をお寄せになった。卿がどのようにして命を狙われた王子をお助けになったのか定かではないが――王子は”名前を変えて”『ハインツ・ピスタ』として生きることを許されたのだ」


「するとハインツという名前も――?」


「偽名だ。その後ハインツ殿は大きな功績をいくつも打ち立て、王国の繁栄に寄与された。その功を認められ、今では王国の要人の一人として認められている――無論、”王家の人間”としての権限はお持ちではないが、偉大な方なのだ」


アサディームも恵まれない立場から成り上がった身だ――故にハインツがそれに至るまでにそれほど苦労したかを推し量るのは容易だった。そんな人物が証言をしたとなれば――彼もこれ以上異は唱えられなかった。

「むう⋯⋯」と口を尖らせつつもそれ以上の反論はしなかった。


「さあ、ここが王立議事堂だ」


ウォッカスが先導する形でやって来たのは――円卓になった七つの席を囲むようにして、上質な獣の革で仕立てたキャラメル色の席がいくつも置かれた議事堂だ。ここは王国建設時に建てられた『王立議会堂』であり、中央の七つの円卓席——七公の席は歴代の七公当主たち。そして囲む席には、王国地方都市の各首領たちが代々受け継いできた歴史の重みがある。


天井は伝説的な王国の名工『パパッチ』が作った、勇者が女神の加護を受け竜を倒す様が――ステンドグラスとして緻密に描かれている。白磁の白壁は『王国に不正はない』という歴史の潔白を意味するものであり、王国建設当初の長く続く王国を支える最高意思決定機関であることへの強い誇りが窺えた。


「みろ――もう人がいるぞ」


既に議会堂には人がいる――文書を受け取った時点で王都にいた面々だろう。


「ノウルウェックの領主クラリス・ベルンに――サウザンド領主のアントゥまで――遠方の地方領主まで全員揃ったのは初めて見るぞ」


領主の業務に就いて長い経験のあるウォッカスでも初めて見る顔もいる。それだけ今回の”招集”が重いものであることをひしひしと―—領主や貴族たちが席を埋めていく議会堂の空気がそれに伴い重くなっていくことで肌感覚として感じていく。


そして――大方の領主たちが揃ったところで、議会堂に入って来たのは王国を統べる最高組織『七公』の面々だ。


先頭で入って来たのは本議会の議長でもある――七公アーゴット・ツアルシャワ卿。半世紀以上七公として君臨し続ける王国最古参かつ、最重鎮の一人。加齢に伴い体はしぼみ、顔は白髭で隠れてしまっているが――瞼の隙間の目はギラリと光る。そんな彼は「よっ」と声を漏らしながら中央の円卓に着席した。


続いてブリオ・アルガスタス卿――イブキとの確執も記憶に新しいこちらも王国の重鎮の一人が、いつもと変わらぬガマガエルのような表情のままに着席する。


そして続くのは――若い男性。

老齢のアーゴット、ブリオとまるで対照的な、年齢はまだ二十代ほどか。黒髪に気品すら感じさせる整った顔立ち。筋の通った目鼻にすらりと細い顎までどこか芸術的ですらある青年——七公イルーガ・マクデスシュブルム卿だ。一部ではイブキを助けるために水面下で動いているとも噂されている男がゆっくりと着席する。


その横には――幼児がいた。

まだ幼子もいいところ、辛うじて言葉を話せるかどうかというくらいの幼児。とてもこの場には似つかわしくないような年齢——しかし確かに七公の証でもある純白の聖衣を身に着けている。

その後ろにはまるで蛇の権化の如き視線の強さと、グラマラスな体を隠さぬ紫のタイトドレスという刺激的な装いの女もいた。


この幼児こそ――七公が一人、ロン・シーパ卿である。

だが見ての通りまだ自力で話すもままならない年齢で公位を継いでしまったため、実質的な権力を彼の横の妙齢の美女——ロンの母のスカーレットが握っているというのは周知の事実。円卓に座るロンは横のイルーガに向けて無邪気にキャッキャと微笑み、イルーガも応じるように微笑み返す。


対するスカーレットは、まるでこの権威ある円卓すら己を引き立たせる小道具とばかりの威風堂々たる――悪く言えば”悪目立ち”するように胸を張り、場の全員を見下ろしていたが――唯一、イルーガ・マクデスシュブルムにだけはどことなく甘い視線を向けている。その豊満な体を終始イルーガに見える位置に向けているのも果たして偶然か否か。


そんな面々の中、その場から消え入りそうなほどに気弱な風貌で――しかし純白の聖衣を纏った、眼鏡にややハゲの混じった中年の男が猫背のまま円卓に座った。彼の名は七公プルート・オウエン卿。家の『格』では七公でも一目置かれる王国最古参名門の一つである『オウエン家』の当主だがその様子はやや頼りない。終始円卓の面々とは目を合わせず、緊張しているのか額の汗をハンカチで拭い続けている。


そして最後に座ったのは――インディアンの仮面を被った謎の人物。

青と黒の線で渦を巻くような文様は王国建設以前から存在していたという古代部族に伝わる文様だが、それが刻まれた仮面で顔を隠している。身長は円卓の面々では最も大柄で二メートルを超えているが、体格はむしろ細長い。


七公グガガ・イ・シャー卿として有名な人物だが、”彼”なのか”彼女”なのか、そもそも人なのか。円卓に座ってもなお仮面の下からポリポリとナッツを食べるだけで話もしない――他の七公たちも声すら聞いた事のない人物である。


そして円卓には――空席が一つある。


だがその席に座る者はいない。


ここでゴウン⋯⋯と議会堂に接した地下道——グリムンド城最下層の牢獄と直通のトンネルの鉄の扉が開くと、両手を頑強に鎖で封じられ両脇を武装した近衛兵で固められた女が議会堂へと入ってきた。


青髪の女騎士——イブキ・フィニータスだ。


突然の彼女の登場に、文書では召集の理由の知らされていなかった面々からざわめきが広がる――が、一方で顔色変えない者も多い。機密とはいえ、彼らは皆王国の中枢に情報網を持つ権力者。”招集理由”を独自のルートで仕入れていた者も多いのだ。


ここでカンカンッと、木槌の音が響く――


――木槌を持つは円卓に座るアーゴット・ツアルシャワ卿。


そして叩いた木槌をコトンと置いた。


「さて――評議会を始めるとしよう」

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