第12話 王国評議会②

『主文——被告人イブキ・フィニータス。貴君を王立評議会及び、七公アーゴット・ツアルシャワ、イルーガ・マクデスシュブルムの名の元に「王都裁判」にかけるものとする。以後、貴君は裁判終了までの間、王国評議会の名の元に被告人として勇者特権を全てはく奪し、グリムンド地下牢獄への拘留を行う。なお、拘留は裁判終了までの間、無制限に延長されるものである』


アーゴットが朗々と序文を読み上げる間、誰一人として身動きしない議会堂は空気そのものが凍り付いたかのようであった。


英傑イブキ・フィニータス――王国を代表する勇者である彼女が、痛ましい姿で裁判にかけられている。その事実を未だにのみこめていない者達が多い中、アーゴットはイブキが「主君殺し」をした疑惑があること。そして、七公マテウス・ファン・レオンが凶刃にかかり命を落としたことを同じく朗々と口上で説明した。


「諸君――まずは、マテウスの冥福を祈り、女神へ祈りを捧げるのじゃ」


王国において死者は天の女神の元へ御魂が還るものとされている――天の光を受け輝く天井のステンドグラスに掌を向け死者の冥福を祈る。天へ祈りを捧げるのは王国における死者の弔いの作法であり、議会堂の全員が席から立ち上がるとそれに倣い女神に祈りを捧げた。


「これでマテウスの魂は母なる女神に還った——では諸君、座るのじゃ。これより、被告人イブキ・フィニータスに対し『王都裁判』を執り行う」


アーゴットの宣言を合図に、円卓の面々——七公たちの座席が動き出す。機械仕掛けの自動四輪になっている彼らの席は一人ずつ卓ごと切り離されると、議会中央のイブキを取り囲むようにして再度円卓となった。そして議会堂中心にイブキ、そして彼女を囲む七公とその更に周りを囲む地方都市首領たちという――イブキに比類ない圧のかかる陣形で再構築される。


――イブキは鎖で繋がれたまま表情を変えずに待っていた。


アーゴットは、イブキに告げる。


「イブキ・フィニータス。貴君には主君殺しの疑いがかかっている。この罪認められし時、貴君は王国憲法第八条『主君と勇者の主従における血の盟約』の違反となり、勇者資格を永久にはく奪され貴君は極刑となる。以上、留意せよ」


王国憲法第八条——『主に血の盟約を誓い者。何人も主に危害加えることを禁ずる。法犯せし者、斬首刑に処す』という法の掟に対する反逆。その是非を話しあうのが今回の王都裁判である。古来より貴族や勇者の不始末が起きた時に決まって行われる王都裁判だが、多くは七公の評議会議長であるアーゴット一人が独自の裁量で処分を決めるだけで終わっており、七公や地方領主たちが全員招集されるのは極めて稀。


しかし今回は――前代未聞の主君殺し。それも英傑による七公殺しだ。議長アーゴットと、王都に滞在しており事件を一早く知ったイルーガが即時連名で血判を捺し、全評議会メンバーを招集する一大事となったわけである。


「——裁判は『証人喚問』、『七公会議』を経て『最終投票』を行い罪の有無を決定する。投票はそれぞれ『有罪』か『無罪』の二択。七公がそれぞれ一票ずつ有罪か無罪のどちらかに投票し、意見の多かった方を王都裁判の決定事項とする」


だが円卓の内、誰も座っていない席が一つある。


本来、マテウスが座るはずだった席だ。


「——のが通例じゃが、七公が一名不在のため、今回は集まってもらった評議会資格を持つ地方都市首領たちによる多数決の結果を『一票』とした合計七票で王都裁判の決定事項とする」


今回の招集が『全員』であった意味を理解する面々。マテウスの分の”七公”の票の重みを地方首領たち全員で補う――だがそれは、暗に彼らと七公の間に壮絶なほどの”差”があることを示すものでもあった。現に何人かの領主たちが僅かに不満な顔を見せていたし、老獪なアーゴットはそれを目ざとく見逃さなかったが、敢えて咎めるようなことはしなかった。そんなことをしたとて意味もなし、どうせ七公とそれ以外の序列に大きな変化が起きることなど万に一つもないからである。


「では――証人喚問に移る。本裁判における証人は――イルフィス領主、ウォッカス・フンメルス。前へ出よ」


すると青色、をとっくに通り過ぎた白土色の顔をした男がゆっくりと――しかし胃からこみあげてくる何かを我慢するかのようにときおり不安定に「ウッ」と呻きながら、議会堂の最上段に登壇した。


ウォッカスという男は髭面に強面という風貌とは裏腹に、乙女も鼻で笑うほど小さな肝っ玉の持ち主である。事件が起きたイルフィス領の領主である以上喚問は避けられないと分かっていたし覚悟もしていたが――七公が雁首揃える凄まじい圧力に胃が早くもギブアップを宣言している。ダムならぬ胃壁の決壊も時間の問題だった。


「ウォッカス・フンメルス。喚問に対し真実を嘘偽りなく述べよ。虚偽を述べた場合は偽証罪に問われることにも留意せよ。よいか?」


「⋯⋯あい」


アーゴットに対し、舌ったらずな返答を返すウォッカス。これは七公に対し敬意を欠いているのではなく単に『大声を出したら吐く』からであり、それを議会堂にいる全員が分かっている。現に何人かは――ひそひそ声で「ウォッカスがいつ吐くか賭けるか? 私は喚問中に吐くに十ゴールド」、「席に戻ってから吐くに二十ゴールド」などと、王都で嘔吐にベットする輩まで現れ始めた。


なお喚問はアーゴットによる質問にウォッカスが応える形で続き、特にマテウスがイルフィスでどういった行動をしていたのか、という点は厳しく追及された。


「地下水を汚した」、「イルフィス領の自然動物をマテウスが多数殺した」とウォッカスは答える。これによりマテウスがイルフィスで”お利口さん”ではなかったという点が証言されることになった。がしかし、彼の知るのはあくまでマテウスの外交的な素行が芳しくないという点であり――『イブキが彼を殺すことの正当性』をアピールするには弱い根拠だ。


何より、仮に正当性を認められたとて王国憲法においては盟約を結んだ者が主を殺したら斬首刑——即ち有罪と明記されている。彼の証言はイブキを助ける直接の助けにはなりそうになかった。


「——よろしい。下がりたまえウォッカス」


「あい⋯⋯わありまし⋯⋯」


ここでウォッカスダムが遂に決壊。


救いがあるとすれば、アサディームが持ってきていた『サウリ』というマフー族に代々伝わる伝統の鞄——天然の色素で華麗に彩られた麻糸を職人が半年かけて丹念に縫い合わせてつくるそれを万が一の『受け止める用』にアサディームがウォッカスに持たせていたことか。喚問を終えたアーゴットが木槌を叩く。


「これにてウォッカス・フンメルスへの喚問を終了する。続いて七公会議じゃ」


「もうダメ⋯⋯オロロロロロロロロロロロロ!!!」


おお⋯⋯という議会堂の無念のどよめき。

アサディームも頭を抱える。


「ああ私のサウリが⋯⋯それはお前にやるぞウォッカス⋯⋯」


「おおっとこれは、喚問が終わってから席に戻る前に吐くが正解でしたか。いやあ賭け事というのは難しいですなあ」


アサディームに背中をさすられながら休養のため退席するウォッカス。そんな彼を追いかけるギャンブラーたちのボヤキに笑う声もありながら――


カンッ!!!


杖が大地を突く音が響き一瞬緩んだ空気が張り詰めた。

公事において空気が緩むのを彼は好まない――


場を支配する力はやはり一級品——杖を持つのはガマガエル面の老人。

七公会議の先陣をきったのもブリオ・アルガスタス卿であった。


「これ以上話し合う意味はないんじゃないかねえ。満場一致の”有罪”だろう」


個人的な感情は感じさせない――あくまでいつも通りの、とぼけたような顔から繰り出される人の顔面を舐めるようなねっとりとしたブリオの声。しかしそれを聞いた場の全員に「貴方は当然そうだろう」という考えが浮かばなかったかというとそれを否定するのは難しい。先日のイブキとブリオの衝突は全員伝え聞いて、あるいは直接見ているのだから。


「王国憲法には『主を殺したら斬首刑』とはっきり書いてあるんだ。こんな裁判をすることすらバカバカしいよ。『イブキ・フィニータスがファン・レオン卿を殺した』なら、それで話は終わりだ。全く⋯⋯簡単な話じゃないか」


わたくしも同意ですわ」


ここで――口を開いたのは幼子ロン・シーパ卿の後ろに立つスカーレット。

彼女は「失礼遊ばせ」とブリオとアーゴットに会釈する。品のある所作であるが、その目は肉食獣の影を思わせるような”女豹の”それであった。


「私も”ロン・シーパ卿の代理として”同意いたします。イブキ・フィニータスは主君との絆を破棄し、あろうことか主君を殺害した―—弁解の余地はありませんわ」


至極真っ当に意見を述べたように見えるスカーレット。

だがそれは”自身が七公ロン・シーパ卿の代理である”という――『恣意行為』の側面も含んでいることにブリオは早くも気づいた。この舞台でスカーレットの存在を広く周知させるという行動。王国の政治の最前線で戦い続けるブリオには小細工も小細工、策と呼べるものですらなかったが――


ブリオは心でニンマリと嗤う。

元より政治用のガマガエルを平たくしたような笑みを常に浮かべているが――スカーレットが”勝ち馬”に自分を選んだという事実。彼女がブリオに同調した方が勝てると踏んだのを汲み取ったからだ。


「——シーパ卿は有罪を支持するようだねえ。僕と合わせてこれで二票だ。さて、他には――オウエン卿はどう?」


ここでブリオはオウエンに矛を向けた。

気弱な内面が顔にも表れているプルート・オウエン卿は突然の問いに「あへっ!? ぼ、僕は⋯⋯」と震え声を絞り出す。だが猛獣に睨まれた子ウサギの如きプルートに肉食のガマガエルは「ん~?」と目を見開き迫った。


「ぼ、僕も⋯⋯有罪⋯⋯だと、思います⋯⋯」


この気弱な男はつくづく動かしやすい――ブリオはいっそ哀れにすら思った。勉学こそ十年に一人の天才と謳われ、王国における薬学研究を百年前進させたとも称される頭脳だが、『薬学』の頭脳は『政治』の頭脳に非ず。研究の功績だけで彼を七公に据えたオウエン家前当主の判断は愚かだったとブリオは言わざるを得なかった。


「さてさて⋯⋯これで三票だ。あと一票集まったらイブキくんの有罪は確定するけれど、ここから”異議”を唱えられる人はいるのかい?」


後の全員がイブキの無罪に賛成する――とても現実的でない。

まして地方領にも絶大な影響力を持つブリオが有罪を示した以上、”論理を問わず”地方領主たちは有罪に賛成するだろう。事実上、イブキの有罪は確定したようなものだ。ブリオは勝ち誇るようにイブキを見る。


「遺言でもあるなら今の内に言っておきたまえよ、イ・ブ・キ・くん」


そんなブリオに対し――


ここまで一言も話さなかった女騎士が――


口を開いた。


「結論を出すのは彼の意見を聞いてからでも遅くはないのでは?」


イブキの目に絶望はない。


ただ一点を曇りのない眼で見つめている。


ブリオは彼女の視線を辿っていき――


「⋯⋯イルーガ君!!」


ピンと手を天を突く様に立てた男がいた。


まるでこの逆境すら楽しんでいるかのように――誰もが有罪と思っているだろう場で一人流れに逆らう己自身を一片も疑っていない。七公イルーガ・マクデスシュブルムその人は議長のアーゴットに軽く会釈をすると手を降ろす。


そして告げた。


「結論から言いましょう⋯⋯彼女は”無罪”です」


落ち着いたトーンで――その声だけで心が安らいでいくような錯覚すら感じさせる男の声は、杖の音で場を”支配”したブリオに対し、場を”懐柔”していくような不思議な力があった。逆張りでも目立ちたいだけの奇行でもない――本気でイルーガはイブキを救おうとしている。同時にこれはブリオとイルーガの”支配力”の勝負であるともブリオは直感した。


「何をもってそう言うんだい! そこまで言うなら、マテウス君をイブキ君が殺していないという『証拠』でもあるというのかねえ!!」


空気の色を変えるため――敢えてキンキン声を響かせてそう捲し立てるブリオ。だが強気で攻めるブリオに対し――イルーガは柔和に微笑んだ。


「いいえ⋯⋯確かにマテウス殿を殺したのはイブキ殿です。イブキ殿は無罪なのです」


「言ってる意味がまるで分からないねえ!!! マテウス君を殺したのがイブキ君なら断頭台に送られるのはイブキ君だ!! 王国憲法第八条を忘れたわけじゃないだろうねイルーガ君!!」


「『主に血の盟約を誓い者。何人も主に危害加えることを禁ずる。法犯せし者、斬首刑に処す』という文言なら一字一句違わず言えますよ。そしてイブキ殿が無罪な理由もそこに書いてあります」


「ならイブキ君が無罪な理由は何なんだい!!」


イルーガは淡々と述べる。


「憲法において”主”とは『血の盟約を誓いし者』と明記しています。主と盟約を結ぶ際に主は勇者の血を、勇者は主の血を、お互い同じ短刀で傷つけた指から零れた血の雫を口にすることで盟約は成されます。イブキ殿は前当主ジーク殿とこの盟約を結んでおり、主がお亡くなりになった時にこの盟約は『後継者』に引き継がれるのが習わしです」


ここでイルーガの声のトーンが変わる。

穏やかな口調から重みが加わったダークな口調に変わった。


「しかし血の盟約とは本来——『互いが血を分け合えるほど信頼した証』として行うもの。”慣例として”主と勇者の盟約は代替わりに伴い自動的に受け継がれるものとなっていますが、本来の『血の盟約』の意味を踏まえるならばそれは間違い。まして、に引き継がれた盟約など、血の契約の本来の趣旨からは真っ向から反するものです」


「前の主が心から信頼していない人間⋯⋯だってえ!?」


「残念ながら、ジーク殿はマテウス殿に家督を譲ることを望んでいたわけではないようです。彼はあくまで他に後継となれる人間がいなかったことで選ばれた人物であり、それは”形式的な”当主の座としては認められたとしても、血の盟約が縁を結ぶ『勇者との契約』においては認められるものではありません」


ブリオの目が大きく見開かれる――


それは王国憲法第八条の”新解釈”にあたる論述であるからだ。


「つまり王国憲法第八条とは――との主従関係を『血の盟約』と記したもの。憲法に示されている『血の盟約』という部分を正確に捉えるならば、マテウス殿はあくまで”形式上は”当主とされていますが、『憲法上は』当主と認められていないのです」


マテウスを七公を受け継いだ当主と認めないなら、マテウスはただのイルフィスで犯罪行為を繰り返した犯罪者に過ぎない。イブキはウォッカスの証言を元に『イルフィスの治安を乱す者を粛清した』という名目もたつ。

だがブリオも黙ってはいない。口泡を飛ばして弁を撃つ。


「だったら――”憲法上認められた真の当主”は一体誰だってんだい!! そんな人はどこにもいませんって言うんじゃないだろうねえ!!」


そう迫るブリオに対し――ここでイルーガの声に力がこもる。


「前当主ジーク・ファン・レオンが認める真の当主。それは――」


ピンと空気が張り詰める。


議会堂の誰もが次の言葉を待っている。


そしてイルーガは告げた。

誰もが知っている男の名を。


「伝説の英雄——マーレッド・ファン・レオン」

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